第8話 対戦


 かくして、マチレスと『大アニキ』ガノンの戦いが始まろうとしていた。戦うためにはある程度の場所が必要のため部下達が場所を移動し、『クオーラルズ』で埋め尽くされていた道路に大体6メートルほどの空きスペースができた。両者共に間隔をあけて、武器の確認をしたり、準備運動をしている。



 そういえば、さっき『クオーラルズ』の『大アニキ』は2代目とかいっていたなぁ。俺が収集したものの中には、1代目とかいう情報があったと思うのだが………。        

 あれ、だけど午前中に聞いた人たちの中で『大アニキ』の情報は一切出てこなかったはず。え、じゃあ俺は何で1代目だって勘違いしたんだ……?



「用意はいいか、マチレスとやら」


「ええ、いつでもいいですよ」


 

 おっといけない。俺がそんなことを考えているうちに、もう戦う準備ができたようだ。『アニキ』と呼ばれていたあのガタイのいい男を瞬殺しているマチレスのことだから心配はいらないだろうが………。正直、女子に戦わせている自分が情けない。いくら状況が状況とはいえ、すごく罪悪感がわく。

 この戦いが終わったら、マチレスに剣を使った基本的な戦い方を教えてもらおう………。あ、これってフラグか?だとしたらやってしまった。  


 

 二人はその場で静かに武器を構える。マチレスは出会ったとき帯刀していた刀、ガノンは金色と黒色で装飾されたゴツい斧だった。マチレスはスッと真剣な表情になり、一方でガノンは不敵の笑みを浮かべていた。

 ………本当になにも知らないんだなぁこの人。数分後に泣き顔になってても知らないぞ?


「じゃあ、いいっすか?よーい……はじめっ!」


 そういって、いかにも『クオーラルズ』の下っ端のような人物がどこから持ってきたのかゴングを鳴らす。近所迷惑だからやめろし。



 ゴングがなると、まず最初に攻撃を仕掛けたのはガノンだった。かなりの重さがありそうな斧を片手で軽々と持ち、マチレスの方へ突進する。間合いに入ってから直ぐにガノンはマチレスにむかって斧を振りかざしたが、マチレスは一歩後ろに下がって攻撃をかわした。

 攻撃が当たらなかったことで、斧は道路に直撃する。ドンッと、地面が少し揺れた。斧が直撃した場所にはレンガが敷き詰められていたのだが、そのレンガと思われる赤褐色の破片が散らばっているだけて、原型を留めていなかった。


 ………怖っ。あれを避けていなかったら、間違いなくマチレスは死んでいただろう。やっぱり、俺なんかでは足元にも及ばなかった。よかったわ、あのとき調子乗って戦いに名乗り出なくて。今頃きっと骨すら残っていないだろう。……いや、骨くらい残っているのかな?


 次に攻撃したのはマチレスだった。

 斧が地面にめり込んでいる間に、目にも止まらぬ速さでガノンの背後へと回る。そして跳躍し、刀をガノンの右腕めがけて振り下ろす。


「おっと、惜しかったなぁ」


 とガノンが言い、斧でマチレスの攻撃をガードする。あと少しのところで防がれてしまったマチレスは苦虫を潰したような顔をするも、すぐに体制を立て直してまた刀を構え直す。


「あれをはじかれるとは思っていませんでした。あの反応速度にその角や牙………、小鬼の血が入っていますね?」


「ほう、まさかこの短時間で見破るとは。いかにも俺は、小鬼と人間のハーフだ」


 やっぱり、こいつも人間とは別の種族の血が入っているのか。


「やっぱり、そうでしたか。小鬼は普通の鬼と比べて2メートルほど小さいので、あなたのように2メートル半あたりの人物だったらあり得るかもと思いまして」


 ……怖っ。この世界では、小鬼といっても2メートル半もあるのか。しかも、普通の鬼は4メートル以上あるのか……。二人が当たり前のようにしている会話も、俺には非現実的でゾクッとする。



「だが、それを知ったところでどうする?」



 と、ガノンは余裕をもった口調で話す。ガノンもまた斧を構え直し、マチレスへと斬りかかる。今度は上から振り下ろさず、横から胴を狙ってきた。予想外だったのかマチレスは避けきれず、なんとか刀で攻撃を受ける。

 キィンと、斧と刀のぶつかり合う音が辺りに響き渡る。それでもガノンは力を緩めることはなく、マチレスの刀にギリギリと斧を当て続ける。両者共にひかない、そう思っていた矢先だったが、マチレスの足がずりっと動いた。いつもの攻撃態勢を崩してしまったようだ。


「どうした、どうしたぁ?押され負けてるぜ?」


 ガノンはニヤリと笑い、マチレスを見る。それを見て、周りの部下たちも盛り上がりをみせる。


「さっすが大アニキ!」


「あのマチレス・ダリアにも遅れをとらないとは!」


「互いの全盛期の時にドンパチやっていたらどうなっていたことか!」


「へし折っちまってくだせぇー!」


 ギャーギャーと騒ぐ下っ端の『クオーラルズ』をよそに、二人の戦闘は続く。

 マチレスは下を向いていて、よく表情が見えない。


「………っ、マチレスっ!!」


 俺は『クオーラルズ』の奴らに負けないくらい叫ぶ。すると、マチレスが顔を上げた。―――その顔は、笑っている。


「!?」


 ガノンや『クオーラルズ』、もちろん俺を含めた全員がざわつく。何故、あの状況で笑ったんだ?



「ユウト!!」



 マチレスが大声で俺の名を呼ぶ。いつもの「さん」呼びではなくてドキリとしたが、俺はすぐに返事をする。


「おっ、オウ!ここにいるぞ、どうした!?」


「今直ぐに、そこから離れてください!」


「分かった、今スグ!…………何で?」


「え、えっと~………、危ないからです!」


「ワ、ワカッタガッテンショウチッ!」


 俺はカタコトになりながらもそそくさとすぐにその場を離れ、少し離れたところからマチレスを見る。


「いきますよ!」


 そう言った途端に、マチレスが刀で攻撃を受けるのをやめて、下にガバッとしゃがむ。するとガノンは斧にかけていた体重のせいで勢い余って体勢を崩し、ドスンとしりもちをついた。それと同時に、斧が勢いよくとんでいった。そしてその斧が落ちてきた場所は、俺がさっきまでいたところだ。すごい、ここまで読んでいるとは。


「大アニキ、後ろっす!」


 と、『クオーラルズ』の部下が叫ぶが、もう遅い。ガノンが振り返ると、そこには剣先を喉元に突きつけたマチレスが立っていた。



「私の勝ちですね」



 えっへんとでも言うかのような、子供っぽい笑みを浮かべてマチレスは勝ち誇る。  

 ガノンは観念したのか、やがて「参った」と一言言い、両手をあげた。           



****



 戦闘が終わり、暫くするとカールさんが俺たちの無事を確認しに外に出てきた。どこも怪我をしていないことを告げると、安堵の息を吐いた。ほんとにいい人だなこの人。


 結局、戦闘自体は1、2分という短い時間で終わってしまった。マチレス的には少々物足りなさそうだ。まだ少し離れたところで剣をブンブンと振っている。俺は正直腹一杯。なんなら胃もたれしそうなほどだ。


 一方『クオーラルズ』は意気消沈。ガノンを先頭に、全員正座をしている。割られたガラス代を払ってもらうため、『クオーラルズ』の『大アニキ』であるガノンに話しかける。


「はぁ、ガラス割るとか害悪すぎんだろーが」


「うぐっ、それに関してはすまない。部下の気持ちが高揚していて……」


「で、何でお前等はこんなことしてるんだよ?なんか事情があるんだろ?」


 俺がそう言うと、「実は」と言ってガノンが口を開く。



「俺達『クオーラルズ』は甘い物好きの集まり何だが、男がそんなものを食う、ましてや好きだなんて変だと。まあなんていうか、いじめられちまっててなぁ。それで、不良ぽくなったら誰も文句は言ねぇだろってなってそれで……」



「『クオーラルズ』を結成したのか。あのなぁ、他人のものを壊すとか、そういったことは不良と言われても文句言えないぞ?お前今何歳?」



「えっと、14っす……」



 まさかの年下だった。年下よりも弱いとか、なんかよけい自分が惨めになってくるわ………。


「14なら、そのくらいわかるだろ?こういったことは金輪際やめろ」


「うっす……」


 さっきまで威勢が良かったが、今では借りてきた猫のように大人しいガノン。こいつ、あんまり根っからの悪人ではないのかもしれない。まあ、元々がいじめられっ子だしなぁ。事情を聞くと、どうしても責めきれないというかなんというか。



「料理免許とかもとったんですけど、親から反対されて。結局別の職につけって言われて………。そんなとき入ったのが『クオーラルズ』で……」



そうかそうか―――じゃなくって!おいまて。


「………え、お前料理免許持ってるの?」


「え、ああ。大アニキなんで」


「え、大アニキって料理免許持ってるかどうかで決まるの?」


「アニキ以上は、料理免許必須っていう決まりっすね」


 ……………。


「ほんっとすいません、何でもするので命だけはどうか……」


「いや、命なんてとる訳ねぇじゃん。第一、俺この中でいいことも悪いこともなにもしてないし……」


 でも待てよ、確かこの国って料理免許さえあれば料理を提供していいんだったよな?それだったら……。俺はガノンに改めて向き直り。



「……じゃあ代わりといっては何だが、カールさんの宿でお菓子を売るってことを引き受けてくれないか」



 宿屋復活のために力を貸してくれないかと提案をした。

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