【初夢シリーズ】耳に残るはキミの歌声

茶ヤマ

耳に残るはキミの歌声

こんな夢を見た。


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「ボク」がいるその世界は、人が生まれたその時にすでに、職業が決まってしまう仕組みになっている世界だった。

「ボク」の将来は時計職人、と生まれた時から決められていた。

それは選びようのない事実。


琥珀色の瞳を持った「あの子」は歌うたいだった。

それも選びようのない事実。


時計職人にも、歌うたいにも、他のどんな職業にも、当然ながら、いわゆるエリートというそんなものが当然あって。

一番の歌うたいは、歌姫と呼ばれていた。

歌姫には、純白の大きな翼が生えている。

「あの子」には羽は生えていない。

赤銅で作られた、羽毛の髪飾りをつけているだけだ。

赤銅でしかも羽毛というそれは、身分で言うと下層を意味する。歌う場所など、寂れた酒場兼宿場か、せいぜい小さな店の宣伝のためにタイアップで歌う程度だ。


かく言う「ボク」は、さびた小さなねじ回しと、キズ見と呼ばれる度の薄いルーペが身分証明。

これは、時計職人見習いを意味している。

……「あの子」よりは、少しだけは良い境遇と言えた。ある程度、自分の好きなように時計を作り、市場にさばくことができる。


無論、低い身分や見習いでも、努力や才能しだいでそれなりに上の階層に行くことができる。

けれど、「あの子」はすでに諦めた目をしていた。

自分の将来は、酒場で歌うだけ……、と決めかかっていた。

「あの子」の琥珀色の瞳は、いつも醒めていて、路地に佇みながら、道端の淀んだ水溜りを見ていた。


たまには、空を見上げれば良いのに……。

「ボク」はそんな風に思っていた。


「ボク」は「あの子」の歌が好きだった。


歌姫の歌は、天上の響きとか、天使の歌声とかと言われるほどで。

それはそれは透明に澄んだ伸びと張りのある声だけれど。

自然に涙がにじむほどすばらしい声だけれど。

それに比べ、「あの子」の声域は狭く、声もハスキーだけれども、「ボク」は「あの子」の、歌い方が好きだった。

言葉ではなく、気持ちが聞いている者の心にすぅっと入り込んでくるような歌い方をする。


「ボク」は幾度も「あの子」に、君の歌声が好きだ、と言っていたのだけれど、「あの子」は冷たい琥珀の目でいつも答えた。


“あなた一人が好きだと言ってくれるだけじゃだめなのよ”


「ボク」は、どうして「音楽家」や「作曲家」に生まれてこなかったんだろう。

そうしたら、「あの子」の声が十分魅力的に聞こえる曲を作るのに。

……「ボク」は時計職人見習いだ。

これは、決まっていることであって、決して変えることの出来ない職業。


ある日、「あの子」がいつものように路地裏で歌っている曲を聴き、「ボク」は、ひとつの懐中時計のデザインをひらめいた。


そうだ……今、ひらめいたデザインの時計を作って、「あの子」にあげよう……。


「ボク」はその日から、一心不乱に時計を作り始めた。


文字盤は、「あの子」の瞳と同じ色の琥珀。

銀の小さな羽毛が飾りとして入っている。

竜頭の部分が、羽の形。

蓋の部分に、本物の百年前の古紙を使って、そこに「あの子」の名前を入れる。

その古紙に、あたかも羽ペンでサインを入れているような彫り物をする。

羽ペンの羽は、竜頭の羽と対だ。

文字盤の飾りの羽毛は、これらからふわりと落ちたようなイメージで……。


出来上がった時計は、満足のいく出来ではなかった。

これでは、「あの子」に渡せない……。


「ボク」は、もっと「あの子」の歌を聞き、満足がいくまで作り続けることを決意した。

けれど、この時計作りに夢中になり過ぎていたらしく、決意したその日に「ボク」は高熱を出し、何日も寝込んだ。



起き上がれるようになった「ボク」の世界からは。


音が。


消えていた。


高熱が続き、鼓膜が壊れたらしい。

皆は歌姫の歌が聞けなくなるなんて、かわいそうに、と言っていたようだが、「ボク」は「あの子」の歌が聞けなくなるほうが辛かった。

「あの子」は、いつものように醒めた目で、「ボク」を見ていた。


「あの子」の歌が聞けなくちゃ……。

時計が作れない……。


「ボク」は、自分の耳の中に残っている「あの子」の歌の記憶を頼りに時計を作り続けた。

幾ら作り続けても、「ボク」の記憶にある「あの子」の声のイメージには近づかなかった。


何年か経った。

「ボク」が作った時計は、それなりに人気がでたらしいけれど。

「ボク」にとっては、そんなことはどうでも良いことだった。


「あの子」の歌声イメージの時計が、どうしてもできない。


「ボク」は苦しかった。

イメージが形にならない。

漠とした形はあるのに。

そこに手が届かない。


気晴らしに、外へ出て、少し遠くのカフェへ行ってみた。

多少、薄暗く、静かな客しかいないような店だった。音が聞こえなくとも、客の顔や雰囲気で騒がしいか静かなのかくらいは分かる。

頼んだコーヒーを前に、ぼんやりとして、考えるでもなく考え事をしていた時だった。



それは、唐突だった。



空気の振動が伝わったからだ。

これは、音だ。


「ボク」は、はっとして顔を上げた。

カフェカウンター横にピアノがあり、そこに立って歌っているのは、間違いない。

琥珀の瞳の「あの子」だった。


聞こえないはずの音が。

「ボク」の頭に浮かんでは流れていった。

「ボク」は食い入るように「あの子」の歌う姿を見て、空気の振動を感じながら、頭にあった漠とした時計のイメージが少し形を持って近づいてきた気がした。

そうだ、時計を、作らなくちゃ。



いつか、作った時計を必ず「あの子」に渡そう。

でも、きっと「あの子」は受け取らない。

以前と同じ、醒めた瞳で多分言う。


“あなた一人がファンでも、この階級からは抜け出せないのよ”



「ボク」は「あの子」の歌い方を引き出せるような「音楽家」や「作曲家」には生まれて来れなかった。

それでも、「ボク」ができることを、「あの子」にしてあげたい、それだけだ……。


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夢はここで終わった。

「ボク」が満足のいく時計が作れたのか。

「あの子」はどうなったのか……。

夢の続きを見ることのできない私には、このお話はここで終わりなのだ。


けれど、もし夢の続きが見られるならば、この「ボク」が作った時計が、ますます人気になり、羽ペンで書かれている名前は誰だ?ということになり、「あの子」も注目を集め始める。

歌姫にはなれなくても、赤銅の羽飾りではなくなり、琥珀の瞳も、少しだけ和らいだ表情を作るようになって空を見上げる……。

そんな、ちょっとしたハッピーエンドで締めくくられて欲しい。

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