弐拾肆 二歳の冒険
「ちょっとまだ難しいな」
今日もマイラを撒いたミストは気配も姿も消したまま、職員や使用人たちが行き来する領主館の廊下を悠々闊歩する。
色々と試行錯誤してみたが、魔法により生じた結果とその消失まではともかく、発動そのものの隠匿は未だ実現していない。 というのも、魔法の発動時に生じる発光する魔法陣は隠せないのだ。
まず、魔法陣は遮蔽結界を用いても不可視にはならない。 どういう理屈で発光しているのか。 そもそも発光して見えるそれは物理的な光ではないのかもしれないが、今のところはそのような魔法の根源的な部分は不明のままだ。
魔法陣そのものを覆い隠そうにも、魔法陣自体のサイズを変えることはできない。 任意で記述の多少を弄れば若干サイズは変わるが誤差のようなもので、手品的なトリックで隠すのも難しい。
例えば生じるそれを壁などによる完全な遮蔽で視界から消すことはできるが、都合のいい遮蔽物がいつ何時もあるわけではなく、結局は魔法が絡む。
そもそも【水遁・水分身】は構成する魔法が複雑過ぎる。 故にその発動は幾重もの魔法陣が発現し、まぁまぁ派手である。 現状、プロトタイプとしては満足な出来の水人形の唯一の欠点とも言える。
魔法の発動を隠匿するとすれば、魔力による事象改変を魔法に頼らず魔力操作だけでやりきる必要がある。 それこそ書物にある仙人の所業そのものであり、魔力操作の練度どころではなく脳の処理能力的に不可能だ。
適当な場面で水人形と入れ替わることができればより捗るのだが、そんなわけで入れ替わりたいタイミングで水人形を生成することは難しい。
この代替措置は【水膜鏡】のUVカット機能に着想を得て開発した疑似的な透明化魔法で賄えた。
今では生成済みの水人形を透明化して常に傍に携えている。
水人形に施した透明化の膜は本体の私にも施してあり、任意に可視性を調整できる。
隙を見て水人形と透明度を切り替えてスイッチすることで屋敷内のどこでも人が見ていない瞬間に限り入れ替わりが可能となった。
難儀したのは透明度の切り替えと気配の切り替えを同期することだ。
私一人が気配を消すのであれば楽な話だが、それだけでは最近マイラあたりは
本体と水人形の気配のフェードアウト・フェードインは依然練習中である。
まぁ今でも結果騙せてはいるみたいだし、すぐに様になるだろう。
さて
ここ数日は透明化して屋敷と敷地内を足で回って見てみたが、いよいよ今日は敷地外への脱走を試みる。
屋敷の裏手は広大な森林に臨む。
あぁ、何と蠱惑的。
窓から見渡すばかりだったその景色が今、目の前にある。
ただ木々が延々立ち並ぶ風景がこんなにも心躍る。
森林といえば苦難の思い出が色濃く残っている。 訓練の最中、少なくない同僚たちが命を落とした。 大自然とは人智の及ばない領域。 故に依然恐怖はある。
だがこうして臨むとどこか郷愁に近い感情も思い起こす。 恐らく師夫が施した洗脳の一種だろう。 別に不快ではないのでそのままにしているが。
あぁ、やっぱり私は芯が忍なんだな。
何に仕えているわけでもないのに、どこから湧くのか、どこに向かうのかも分からない無邪気な好奇心と向上心。
さぁ学ぼう。
さぁ思い出そう。
ここから先はやりたい放題だ。
しばらく後、この森で正体不明の魔物によるものと思しき不可解な痕跡が見つかり騒ぎになるが、この時の私は当然知る由もない。
ただその広大で原始的で、自由が広がる深緑の海に私は満面の笑顔で飛び込むのだった。
※ ※ ※
お読みいただきありがとうございます。
ここまでで第一章となる転生編が完結となります。
ブラッシュアップのため定時更新は一時停止します。
次回分からは第二章、本格的な異世界での暗躍生活が始まっていきますので
引き続きお読みいただけますと幸いです。
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くノ一令嬢暗躍譚~転生した現代のくノ一は貴族社会で暗躍する~ 金沢美郷 @ngsk_ikoi
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