弐拾参 二歳の脱走
「ミストお嬢様、おはようございます」
「おはよ~」
毎朝決まった時間、お嬢様のお世話をすべく私室を訪ねると、身支度を整えたお嬢様が出迎えてくれる。
お利口なレインお坊ちゃまでも幼い頃には幼児特有の気ままさで侍従を困らせることがあったというが、ミストお嬢様はまだ二歳という幼さでぐずることなく規則正しい生活を徹底している。
お世話に訪れたつもりではあるが、次姉であるスコールお嬢様の侍従から引き継いでいた幼児期の身の回りのお世話に関するノウハウのほとんどは既に無用の長物となっている。
寝起きの洗口も、御髪を整えるのも、お着替えも、必要な身支度のほとんどをお嬢様自身でされてしまうからだ。
その利口さもひとしおだが、加えて体調が驚くほど安定している。
規則正しい生活も寄与しているだろうが、リズム以外にもお嬢様の生活は非常に整っている。
お嬢様は運動もほどよく楽しむ。 基本的には書庫に籠る日が多いが、一定時間ごとに柔軟や体操なども欠かさず、散歩や鬼ごっこなど、毎日一定量の運動をこなしている。
食にも旺盛だ。 好き嫌いせず、心配になるくらいよく食べる。 というのに肥える様子もないのは体質故か、運動の効果か。
ともかく、幼児期は様々な要因で体調を崩すことが多いのが普通だが、お嬢様は風邪もひかなければお腹も下さない。 怪我もしないし、超健康優良児である。
「おいしい」
満面の笑みでモリモリ食べるお嬢様の愛らしい姿に周囲は骨抜きである。
料理番などはお嬢様の食べっぷりを見て「作り甲斐がある」と最近は幼児食のバリエーション拡充に余念がない。 むしろ幼児食に一番気合いが入っている気すらするが、他ならぬ当主様までがそれを好意的に見ている節すらあるので諫める者はいない。
知識欲の旺盛さも目を見張るものがある。
まだ三歳にも満たないお嬢様は当然読み書きなどできないはずだが、どうにも本と向き合うその様子を見るに何となく読めていそうなのだ。
今日もこれから、書庫で熱心に魔法書を読み込むのだろう。
「あれ?」
朝食を終え、書庫へと向かう道すがら。
ふと、お嬢様の気配を見失ったかのような感覚。
最近たまにあるが、お嬢様は私の周りをくるくるとご機嫌に走り回っているだけで、特に変わった様子もない。
お嬢様との不可思議な鬼ごっこを経て気配に敏感になってしまった弊害だろうか? 現にこうして見失っているわけでもないし、多分神経が尖りすぎているんだろう。
マイラはそれ以上は気に留めず、ご機嫌なミストに付き従い書庫へと向かった。
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