地獄変(8)

「なんとも奇妙な話よのう」


 地獄から冥府に戻った篁と花は事のあらましを閻魔大王に報告した。

 托塔天王に関しては、羅刹たちを眷属とする者であるから首を突っ込んできたのは仕方のないことだというのが閻魔の見解である。

 しかし、道摩法師を潰してしまったことには、さすがの閻魔も納得がいかないようであった。


「誰が地獄変の首謀者なのか……」


 閻魔は呟くようにいうと顎を覆うように生えている髭を触った。

 今回の地獄で起きた変については、閻魔もその眷属である花にも心当たりは無いとのことであった。そもそも、道摩法師を地獄へと送ったという裁判記録すらも残されてはいないのである。今となっては、どのように道摩法師が地獄へ入り込み、どのようにして式神を持ち込み、どのようにして反乱軍を指揮し始めたのか、すべてが謎となってしまった。


「地獄で消滅した道摩はどうなるのだ」


 篁は率直な疑問を閻魔にぶつけた。

 死者が向かう先が地獄、その地獄でもう一度死ぬということはどういうことなのだろうか。それが篁にはわからなかった。


「地獄に落ちたからといって、永遠に地獄にいるわけでもないのだ。地獄に落ちた者は長い時間を掛けてその罪を償い、いずれ魂が浄化され転生をする」

「転生?」

「ああ、現世では輪廻転生とも言う。簡単にいえば生まれ変わりだ」

「道摩も、いずれは現世に戻るということなのか」

「まあ、そんなところだ。ただ、その時はいまの記憶などは無い。まったく新しい人生を赤子からやり直すのだ」


 閻魔大王はそう言うと、茶を啜った。


「今回のこともあるから、道摩の生まれ変わりにはお目付け役が必要かもしれないな」

「そうですね」


 閻魔の言葉に一緒にいた花が言う。


「誰が良いだろうか……」


 そういった閻魔はちらりと篁の隣に座っていた鬼面童子に目を向ける。

 鬼面童子は鬼を模した仮面を被っているため、表情はわからない。


「どうだろうか、鬼面童子よ」


 その閻魔の言葉に鬼面童子はこくんと頷いて見せた。


「よし、であればお前に名を与えよう。転生者となるのであれば、名が必要となる。お前は特別な転生者となり、道摩の生まれ変わりを見張らなければならないのだからな。何か良き名はないかのう、篁」

「そうだな……。で、あれば、晴れた日に、日差しが明るい……現世ではこれを吉兆とする。晴明と書いてハレアキラというのはどうだろうか」


 そう篁が閻魔に告げると、閻魔は鬼面童子の方を見た。

 鬼面童子はこくんと頷く。どうやら気に入ってくれたようだ。


「良いな。ハレアキラか。晴明よ、転生したら、道摩のことを頼むぞ」


 閻魔は笑いながらいうと、鬼面童子の頭を撫でた。

 鬼面童子こと、晴明がいつ、どのような状況で転生するのかはわからなかった。だが、閻魔の計らいで道摩が生まれ変わる時と同じくして晴明も生まれ変わるとのことだった。生まれ変わりの時期は多少は、ずれるかもしれない。だが、同じ時代に生きれば良いのだ。閻魔はそう篁に説明をした。





 篁が自分の屋敷へと戻ってきたのは、初夏のことであった。

 手入れがされていない庭には草木が生い茂っていたが、屋敷自体の手入れは誰かがしてくれていたようで、そこまで酷いものにはなっていなかった。

 まず篁が行ったのは、中務省時代の上司であり、数少ない友人でもある賀陽かや親王しんのうふみを書くことだった。賀陽親王は篁のことを心配してくれていたようで、何通もの文が屋敷に届けられていた。

 その一通、一通を篁は真剣に読み、自分の心配してくれている友に感謝した。

 いくつも届けられた文の中には、賀陽親王以外から届けられたものもあった。差出人の名前の無いその文は、美しい文字で短歌たんかが書かれていた。名前が無くとも、篁にはその文の差出人が誰であるかはわかっていた。その文に愛おしさを感じた篁は、もう一度筆を執ると返事の短歌うたを書き連ねた。

 湿気を含んだ風が吹いていた。今宵は雨が降るかもしれない。

 文を書き終えた篁は、縁側に出た。庭の草木は伸びきっている。


「これもまた、風流な」


 篁はそう呟くと、縁側で酒の支度をはじめた。

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