地獄変(5)

 道摩たちがいる場所までは数百里離れていたが、鬼面童子が篁の足の裏に貼り付けた術符のお陰で篁の脚は速くなり、疲れることもなかった。


 鬼面童子。不思議な子どもだった。水干を着たその姿は子どもである。顔には鬼を模した面を付けており、その素顔を見ることはできない。子どものような口調で話すが、時おり大人のような物の言い方もする。姿こそは子どもではあるが、本当の姿は大人なのではないかと思うことが何度かあった。


「篁様、あと少しで反乱軍の最後尾に追いつくよ」

「そうだな。鬼面童子は、どこかに隠れておれ。ここからは私がひとりで行く」

「ダメだよ。この大人数じゃあ、篁様でもひとりじゃ勝てないよ」

「しかし、私が戦う他に味方はおらぬだろう」

「任せてよ」


 鬼面童子はそう言うと、自分の髪の毛を数本抜いて息を吹きかけた。

 すると、鬼面童子の髪の毛は宙を舞い、何やら形を成したものとなっていく。それは羅刹だった。鬼面童子の髪の毛は羅刹へと姿形を変えたのだ。


「人数は少ないけれど、罪人相手ならどうにかなるでしょ」


 鬼面童子はそう言うと、行軍の最後尾にいる罪人たちに向けて自分の作り出した羅刹たちを斬り込ませた。

 その様子を唖然としながら篁は見ていたが、すぐに我に返り、遅れを取ってはならぬと腰に佩いている鬼切羅城を抜き放って、羅刹たちと共に斬り込んだ。


「篁様、篁様は罪人たちに構わず、道摩を追いかけて。もうすぐ、花様の軍勢が追いついてくるはずだから」

「うむ、わかった」


 篁は童子の言葉に頷くと、走りながら太刀を振った。

 鬼切羅城の斬れ味は鋭く、篁が一太刀振れば罪人たちの首が三つ飛ぶ。

 鬼面童子の術が掛っている状態の篁の脚は速く、どんどんと罪人たちの軍列を遡っていった。


 後方で軍が乱れている。先頭を行く道摩は、そのことに気づいた。

 そして、何か良からぬ者が近づいてきているということも。

 道摩は乗っていた狐を反転させると、近づいてくる何かを迎撃する構えを取った。


 篁の視界に大きな狐の姿が見えた。その背には、陰陽師の格好をした男が見える。

 道摩。見つけたぞ。

 周りにいる罪人たちの首を刎ね飛ばしながら、篁は道摩へと近づいていった。


 同じ頃、篁たちよりも少し遅れてやってきた花の指揮する鎮圧軍が、反乱軍の最後尾に襲い掛かっていた。突然、背後から襲われた反乱軍は乱れ、総崩れ状態となっていった。

 花の指揮する鬼の鎮圧軍は、まさに字のごとく罪人たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げと繰り返している。罪人たちも武器を手にして抵抗を見せようとしていたが、急襲を受けて混乱状態に陥っていたため、味方での同士討ちなどもはじまり、大混乱となっていった。


「何者じゃ」


 九尾の狐の背に乗った道摩は、自分に迫ってくる太刀を振るう偉丈夫に言った。


「私は小野篁と申す。道摩法師と見受けたが」

「いかにも、が道摩じゃ」

「であれば、その首を貰い受ける」

「なんと。貴様、同じ人間ながら、地獄の鬼たちに味方するというのか」

「何を言うか。お主たちのやっていることは、反乱であろう」

「馬鹿を言うな。死んでまで鬼たちにこき使われてたまるものか」

「それは現世での行いが悪かったからであろう」

「黙れ、黙れ。お前のような正義感ぶった奴が、我は一番嫌いじゃ」


 道摩はそう言うと指を組むようにして印を作った。

 すると道摩の指の辺りが青白く光りはじめる。


「我の邪魔をする者は誰であろうと許さぬ」


 道摩はそう言って、指で九字を切り始めた。

 九字を切る。これは陰陽道における術のひとつであった。

 すると、どこからか地響きが聞こえてきた。

 咄嗟に篁は一歩後ろに飛び退く。

 地から姿を現したのは、巨大な蝦蟇ガマであった。

 道摩は狐の背中から蝦蟇の背中に飛び移ると、腰に佩いていた剣を手に取って蝦蟇に篁を襲えと指示を出した。

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