地獄変(3)

 地獄では、鬼と地獄送りとなった人間の死体が大量に転がっていた。

 篁はその死体を踏まないように気を付けながら、鬼面童子とともに道を進む。

 しばらくすると大きな建物が見えてきた。

 きっと元は立派な建物だったのだろうが、いまは業火によって焼かれてしまっている。


「これも、くだんの陰陽師という者の仕業なのか」

「そうみたいだよ。陰陽師は式神を操って鬼たちを制圧して、地獄送りとなった罪人たちを解放したんだ。その結果、罪人たちは地獄の鬼たちを殺し、あちこちに火をつけて回っている。もちろん、鬼たちもやられるばかりではないから、そこら中に死体の山が築き上げられたってわけさ」

「ふむ……」

「なんか、納得いっていないって感じだね、篁様」

「まあ、そうだな。なぜ、陰陽師は式神を地獄へと持ち込むことが出来たのだ」

「それはわからないよ。でも、噂では誰かが陰陽師に手を貸したって話もあるんだ。あ、これはあくまで噂だからね、誰もに言っちゃだめだよ」

「わかった」


 地獄での話を誰に言うというのだろうか。篁はそんなことを思いながら、鬼面童子の言葉に頷いて見せた。


 しばらくの間、篁と鬼面童子は死体の山が並ぶ道を歩き、燃え盛る建物を目指した。

 誰かが地獄で陰陽師にらんを起こさせる画策をした。その者は、陰陽師が地獄へ来る際に式神を使えるように何かしらの細工をしたのだろう。そして、その者の策略通り、陰陽師は鬼たちを式神を使って制し、地獄の罪人たちを開放して変を起こした。いまのところは、すべてがその者の描いた絵の通りに動いているということだろう。本当であれば、ここで閻魔が動くのではなかったのだろうか。きっと絵を描いた者もそう考えていたに違いない。閻魔を誘き寄せて、完全に地獄の転覆を果たす。地獄変。しかし、閻魔はその絵の通りには動かなかった。その者が知らない駒を閻魔は持っていた。それが篁だった。誰も、地獄変の制圧に現世の人間がやってくるだなんて考えてはいないだろう。それが閻魔の策でもあるに違いない。だから、篁は選ばれた。

 そんな分析をしながら、篁が歩いていると、先を歩く鬼面童子が急に立ち止まった。


「どうした、童子よ」

「篁様……あれ」


 鬼面童子の指さす方へと篁は目を向ける。

 そこには燃え盛る炎の中に逆さづりにされた一匹の鬼がいた。その鬼は狗頭の鬼だった。狗頭の鬼といえば、かつて現世で大暴れをして篁に常世へと送り返されたことがあった。もし、狗頭の鬼が複数人いないとするのであれば、いま処刑に似たことをされているのは、あの狗頭の鬼ということになるだろう。


「あの者を知っているのか」

「知っているにも何も、あれは地獄の警備を任されていた羅刹だよ。腕に自信ありってことだったから反乱鎮圧軍を率いさせたけど、あの様子だと全滅しちゃったみたいだね」

「ふむ……」


 地獄で反乱を指揮している陰陽師とは、あの狗頭の羅刹を簡単に倒してしまうほどの実力者なのか。篁は驚きを隠せなかった。


「反乱者たちは、どれほどの兵力なのだ」

「地獄に送られた罪人たちを次々に解放していっているって話だから、かなりの数だよね。地獄の警備をしていた羅刹たちの討伐軍はやられちゃったみたいだし……」

「味方はいない、ということか」


 面倒ごとに巻き込まれてしまったものだ。篁は気軽に請け負ってしまったことを後悔していた。

 死体の山の脇を通り、篁たちはさらに先へと進んだ。死体の山は、鬼と人間が重なり合うようにして積み上げられて行っている。不思議なことに、死体はきちんと山に積み上げられていた。誰かが片づけた。篁にはそう思えた。


「反乱鎮圧軍は、狗頭以外に誰がいる」

「えーと、確か……」


 そこまで鬼面童子が言った時、風を斬り割くような音が聞こえた。

 篁は慌てて、鬼面童子の腕を引き一歩後ろに下がらせる。

 矢だった。一本の矢が鬼面童子の足元に刺さっていた。

 二矢目が来るかもしれない。そう考えた篁はどこか隠れられる場所はないかと周りを見渡した。


「何者だ」


 声が聞こえてきた。しかし、姿は見えない。


「私は小野篁という者だ」


 何処にも姿を隠す場所は無かったため、篁は大声で自分の名を叫んだ。

 すると突然、目の前に人影が現れた。


「篁様……」


 だった。花はいつものように水干を着た女童の姿ではなく、美しい成人女性であり、直垂ひたたれに小袴の上に甲冑をつけるといった姿であった。


「花か」

「お久しぶりでございます。ここより先は、冥府軍が制圧しておりますのでご安心ください」

「一体何が起きているのだ」


 篁は花に陣内を案内されながらも疑問の言葉を投げかけた。

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