両面宿儺(6)
チャンスを逃すわけにはいかなかった。
そう考えたのはラジョウも同じだったらしく、ラジョウは左手で両面宿儺の腕を掴むと手首の無い右手を更に叩きつけた。
それと同時に篁も動いていた。
篁は鬼切無銘を低く構えると両面宿儺の膝裏の辺りを斬りつける。
膝裏を斬られたことで両面宿儺はバランスを崩しかけるが、まだ正常な足が三本あるため、倒れることはなかった。
『
どこからともなくラジョウの声が聞こえてきた。どうやら、その声は両面宿儺には聞こえていないらしい。
『我がやつを止める。だから、主は我にかまわず、奴を殺ってくれ』
ラジョウの言葉が終わると同時に、ラジョウは頭突きを両面宿儺の顔に叩きこんだ。
何か硬いものがぶつかりあったような、鈍い音が聞こえてくる。
ラジョウの頭突きをまともに喰らった両面宿儺の鼻は
ただ、両面宿儺もやられているばかりではなかった。
無事であるもう一方の顔が雄叫びをあげると、ラジョウの身体を突き飛ばした。
突き飛ばされたラジョウは、その場に尻もちをつく。
「許さん。許さんぞ」
「……」
両面宿儺は鉞を振り上げる。
そこへ篁が斬りかかっていくが、両面宿儺はもう一方の手に持った直刀で篁の鬼切無銘を弾く。
振り下ろされた鉞は、ラジョウの肩の肉をえぐるように突き刺さった。
「ぐわぁ!」
ラジョウが叫び声をあげる。
それと同時に、篁の鬼切無銘を弾いた直刀が篁の額を掠め、ぱっくりと篁の額が割れた。
おびただしい量の血が溢れ出て、篁は左目の視界を奪われた。
ラジョウは何とか立ち上がったが、鉞で斬りつけられた肩は深手だったようで苦悶の表情を浮かべている。
「やはり、弱いな」
「ああ、弱い……」
「もっと我を楽しませろ」
「……楽しませろ」
両面宿儺はそういって、再び鉞と直刀を構える。
ただ、両面宿儺も無傷ではなかった。片方の顔はラジョウの頭突きのせいで変形してしまっており、どことなく口数も少なくなってきているような気がした。
『我がまともに動けるのはあと一回ぐらいだろう。我が主よ、その一度を逃すでないぞ』
またラジョウが語り掛けてきた。
篁の出血も酷くなっていた。篁も同じように全力を出せるのはあと一回ぐらいだろう。
ラジョウは一気に両面宿儺との間合いを詰めると、相撲でもするかのように組み付いた。
その動きは両面宿儺も予想外だったらしく、慌てて鉞を振り下ろそうとするが距離が近すぎてラジョウに当てることは出来ない。
ラジョウが全力を込めて両面宿儺の身体に巻き付けた腕を絞り上げる。
骨のきしむ音が篁の耳にも聞こえてくる。
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……」
「が、が、が、が、が、が、が、が……」
両面宿儺の口から、血の泡と共に言葉にならない声が漏れ出てくる。
「さあ、主よ。いまだっ!」
篁は鬼切無銘を構えると、一気にラジョウへと走り寄った。
蒼く輝く鬼切無銘の刃を見た時、両面宿儺は篁が何をしようとしているのか気づき、ラジョウの身体を引きはがそうと抵抗した。
直刀と鉞がラジョウの身体を叩く。距離が近いということもあり、威力は全く無いものだった。
篁は鼻から息を吸い込むと、丹田へと流し込む。
そして、口から吐き出された息吹と共に鬼切無銘を突き出した。
蒼く輝いたその刃は一直線にラジョウの身体へと伸びていき、その身体を貫いた。
確かな手ごたえが篁には伝わってくる。
ラジョウの背中から突き刺した鬼切無銘を更に押し込み、ラジョウが押さえ込んでいる両面宿儺の心の臓へと届かせる。
両面宿儺の口から発される奇妙な声。それはまるで女性の悲鳴のような声だった。
鬼切無銘は鍔の部分までしっかりとラジョウの身体に刺さっており、
これで終わりではなかった。
篁は鬼切無銘の
鬼切無銘は逆袈裟のように動き、その刃はラジョウの肩口から飛び出す。
『さすがは我が主。お見事』
背を向けているためラジョウの顔は見えないはずだが、篁にはラジョウが笑ったように見えた。
ラジョウの身体は細切れにされた紙のようにパラパラと崩れ消えていく。
そして、その向こう側にいた両面宿儺は、血しぶきをあげながら、地に膝をついていた。
「両面宿儺よ、最後に問う。なぜ蘇った」
篁は鬼切無銘を上段に構えたまま、両面宿儺に言った。
もはや両面宿儺は虫の息である。
「武振熊命め、許さんぞ」
両面宿儺は篁の問いに答えなかった。
これ以上聞いたとしても、口を割ることは無いだろう。
篁は鬼切無銘を振り下ろし、両面宿儺の首を刎ねた。
転がった首には、表と裏に顔がついていた。
怒りに満ち溢れた表情の顔と、悲しみにくれた表情の顔だった。
両面宿儺の肉体は朽ちていく。
そして、周りに立ち込めていた瘴気のようなものが晴れていった。
そこにあるのは小さな祠だけであり、その祠には両面宿儺の名が書かれていた。
祠の前に何か光るものが落ちていることに気づいた篁は、それを拾い上げた。
それは小さなふたつの勾玉であった。
「兄上、大丈夫ですか」
声が聞こえてきた。それが千株のものだとわかり、篁は振り返った。
そこには馬を引いた千株が立っていた。馬上には若い
それが妹であるとわかった時、篁は笑みを浮かべた。
空を見上げると、一匹の鷹が上空を旋回していた。
「さて、帰るか」
篁はそう言って、血まみれの顔を拭うと歩き出した。
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