両面宿儺(5)

 右手にまさかり、左手には直刀ちょくとう。さらに二本の腕が空いている。あの四本の腕を器用に別々に動かせるというのであれば、かなりの脅威となろう。

 祖である武振熊命はどのようにして、この両面宿儺を退治したというのだろうか。

 篁は太刀を構えながら、両面宿儺の隙を伺っていた。


 風を感じた。咄嗟に篁は後ろに飛んでいた。


 篁のすぐ目の前を鉞が通過する。

 あと少し反応が遅ければ、篁の顔はその鉞によって真っ二つにされていただろう。


「当たらぬか」

「当たらぬか」


 笑いながら両面宿儺が言う。


 篁は太刀を構え直すと、両面宿儺との間合いを詰めて、その首を狙って太刀を振る。

 鬼切無銘が弧を描き、両面宿儺の首元へと伸びていく。

 しかし、両面宿儺は左手に持っていた直刀で鬼切無銘を受けると、空いているもう一本の左手で篁の直垂の袖を掴んできた。

 急に袖を掴まれたことで、篁はバランスを崩しそうになり足を踏ん張った。


 間髪入れずに、両面宿儺の右手にある鉞が襲い掛かってくる。

 咄嗟の判断だった。もはや無意識といっても良い。

 篁は両面宿儺の膝を蹴りつける。

 膝を蹴られた両面宿儺は、顔を歪めて掴んでいた篁の袖を離した。

 ギリギリの攻防だった。

 あの状態で鉞で斬りつけられれば、避けることはできなかったであろう。


 こいつは手強いな。

 篁は両面宿儺と距離を取り、呼吸を整えながら、どのようにして両面宿儺を攻略すれば良いのかを考えた。

 両面宿儺は四本の足を器用に動かし、篁との間合いを詰めて来ようとする。

 足は四本あっても歩幅は変わらないため、四本の足を脅威には感じることはなかった。

 問題は、あの四本の腕だ。あれをどうにかせねばなるまい。

 もし一本斬り落とせたとしても、残りは三本もある。


 どうしたものか。

 そう考えていると、篁の影が揺れるように動いた。


 われを出せ。


 ラジョウがそう言っているのだ。

 あるじを何だと思っているのだ。篁はそう思いながらも、ここはラジョウに頼るしかないと思い直し、懐からラジョウの角を取り出した。


「我、召喚しせり。でよ、ラジョウ」


 その篁の声と同時に雷鳴が轟き、周りの木々が風に揺れはじめた。

 篁の影は形を変え、大きくなっていく。


「ラジョウ、推参すいさん


 影の中からぬらりと現れたのは、鬼の姿をした大男であった。


「鬼神がいると聞いて黙っていられなかったんだが、なんぞこの化け物は。鬼でも神でもない。これはただの化け物じゃ」


 ラジョウが口悪く両面宿儺に対して言う。


「獄卒羅刹ごときが、よく言うわ」

「血祭りにあげてやろう」


 両面宿儺の前後の顔が交互に言った。


 先に仕掛けたのはラジョウだった。

 ラジョウは自分の影の中から手鉾てぼこを取り出すと、その手鉾で両面宿儺へと斬り掛かった。

 左手の直刀で手鉾を受け止めた両面宿儺は、右手に持つ鉞でラジョウを攻撃しようとしたが、そこへ篁が鬼切無銘で斬りつけたため、攻撃しようとしてた鉞の方向を変えて、鬼切無銘を受け止める。

 篁とラジョウの息はピッタリであった。


 しかし、両面宿儺はまだ左右の手が二本空いている。

 両面宿儺はラジョウの腹に左腕を突き出し、篁の顔面目掛けて右腕を突き出した。

 腹を殴られたラジョウは転がるようにして倒れ、顔を殴られた篁は勢いよく吹き飛ばされた。


「やるではないか、化け物め」


 ラジョウが立ち上がりながら言う。

 篁も殴られはしたものの、特に怪我はなく無事だった。


「弱いな」

「弱いな」


 両面宿儺はつまらなそうに言うと、ラジョウに向かって直刀を投げつけた。

 直刀は真っ直ぐにラジョウ目掛けて飛んでいく。


 殴られたということもあって、ラジョウの反応は少し遅れた。

 だが、持っていた手鉾を使って飛んできた直刀を払い落すことは出来た。


 しかし、それは罠だった。


「ラジョウッ!」


 篁は叫んだが、それは間に合わなかった。


 太刀を払い落とすために手鉾を動かしたラジョウだったが、その手鉾を持った右腕を両面宿儺の鉞が斬り落としていた。


 まるで岩が転がり落ちたかのように、ラジョウの手首から先が地面に落ちていく。

 しかし、ラジョウはそのまま右腕を突き出し、両面宿儺の顔を殴りつけた。


 さすがの両面宿儺もこれは予想外だったようで、まともにラジョウの攻撃を喰らい、よろめく。

 斬り落とされたラジョウの手首から先は、まるでそれが存在しなかったかのように、影の中へと消えていった。


「大丈夫か、ラジョウ」

「顔面に一発お見舞いしてやったぞ」


 ラジョウは手首から先の無い右腕を振り上げるように篁の方へとむける。

 不思議なことにラジョウの腕からは血などは出ておらず、その部分が消滅してしまったかのように存在していなかった。


「おのれ、獄卒」

「おにょれ……」


 ラジョウの打撃をまともに喰らった方の顔の方は口がうまく回っていない。

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