両面宿儺(7)
飛騨の国から戻った篁は、熱を出し数日間寝込んでしまい、熱が下がったのは三日後のことだった。
額にはまだ両面宿儺の直刀で斬りつけられた痕が残っており、時おり痛みを覚える時があった。
ちょうど篁の熱が下がった頃に、千株と妹は大宰府から迎えがやって来て、戻っていった。護衛は多すぎるくらいの人数であったが、用心に越したことは無いという父の考えからだろうと思い、篁はなにも口にしなかった。
身体の調子が戻ってきた篁は、屋敷の縁側で盃を傾けていた。
今宵は満月である。
時おり吹く風が、とても心地よかった。
焼いた川魚に
しばらくひとりで盃を傾けていると、一匹の蛍が庭へとやってきた。
「篁様、先日はありがとうございました」
花である。
「なにを申す。世話になったのは、こちらの方だ。千株と妹をずっと上空で見守っていてくれたそうだな」
「気づかれていたのですね」
「千株も、ああ見えてあやかしを見る力はあるようだ」
篁はそう言って、盃をもう一つ用意すると酒を注いだ。
「ラジョウはどうなった?」
「冥府におります。まだ完全体に戻ってはいませんが。気になるようでしたら、会いに行ってみたらいかがですか」
「ああ、そうだな」
ラジョウは篁の鬼切無銘によって体を貫かれたため、常世へと戻された。
現世から常世に戻ったものが、再び現世に戻ってくることは難しいとのことだった。
篁との主従関係も切れ、ラジョウは地獄の獄卒羅刹へと戻っていた。
どこか寂しいような気持ちもあるが、現世にいるよりも冥府にいた方がラジョウにも良いのだと篁は思っていた。ラジョウは元々は冥府の者なのだ、と。
「いま思えば、わたしとの出会いもラジョウがきっかけでしたね」
「そうだな。あの時、花に助けを求められなければ、羅城門に行くこともなかった」
篁が盃を傾けると、隣に置いた盃のところに蛍がとまり、人の姿に変化した。
今宵の花は、直垂に小袴という男装で、普段の篁と同じ格好であった。
「
もはや名前を口にするのも嫌だった。そのため、篁は両面宿儺のことをあやつと呼んだ。
「両面宿儺はあの祠に封印されております。帰る前に篁様が
「さようか。それは良かった」
両面宿儺を退治した後、篁は
突然現れた血まみれの篁に貞本はひどく驚いたが、篁の手当てをするように家臣たちに命じ、一晩の宿を貸し与えた。
藤原貞本は噂に聞くような悪人ではなかった。
謀反人の息子。
貞本は篁の話を聞いた後、両面宿儺の祠は飛騨の国で管理するという書面をその場で書き記し、家臣たちに祠の確認に向かわせた。
誰が何のために両面宿儺の封印を解いて蘇らせたのか。それはわからないままだった。
篁は貞本のことも疑ってみたが、貞本が両面宿儺の封印を解く理由が思い浮かばなかった。
では、両面宿儺の封印を解いたのは何処の誰なのだろうか。
両面宿儺は篁に言った。武振熊命の血を受け継ぐ小野家の人間を喰らえば永遠の命が得られる、と。
誰がそのようなことを吹き込んだのか。篁には、誰かに恨みを抱かれる覚えはなかった。
飛騨の国から戻った篁は、安心して気が緩んだのか高熱を出してしまった。
千株と妹は心配したが、篁の看病は家人が行い、ふたりはゆっくりと平安京を見て回ったりして過ごしたようだった。
千株から無事に妹を救い出したという文を受け取った父は、すぐに大宰府から人間を寄越した。腕利きの人間たちが護衛につき、千株と妹は大宰府へと帰っていった。
賑やかだった屋敷が急に静かになった。
身体の調子も良くなった篁は、家人に暇を出し、ひとりで盃を傾けはじめたというわけだった。
「良い月だ」
「そうですね」
篁と花は月を見上げながら、ゆっくりと酒を呑んだ。
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