両面宿儺(2)
その見慣れた景色を見た時、篁は安堵のため息をついていた。
冥府の門と呼ばれる巨大な赤い門。その門を番するかのように脇には二人の鬼が立っている。
篁が門の前に立つと、馬頭の方が話しかけてきた。
「狗頭の羅刹が迷惑を掛けたそうだな」
「ああ。とんでもなく厄介なことをしてくれたよ」
篁がそう答えると、今度は牛頭の方が口を挟んでくる。
「あいつは強かったか」
「そうだな」
「俺とどっちが強いか……」
そこまで牛頭が言いかけたところで、突然牛頭は口を噤んだ。
どうしたというのだろうか。篁がそう思っていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ほら、牛頭馬頭。口ばかり動かしていないで、さっさと門を開けなさい」
そこにいたのは、
花は妖艶な雰囲気を身にまとった女性の姿であり、着崩された着物の胸元からはその豊満な胸がこぼれ落ちそうになっていた。
会うたびに姿の違う花を見るため、篁は困惑していた。前回会った時は、司命という役職の閻魔大王の眷属であり、その前に会った時は水干を身にまとった女童だったはずだ。
花の言葉に牛頭馬頭は口を噤み、ふたりで力を合わせて巨大な門扉を開けていく。この巨大な門は、牛頭馬頭がふたりで力を合わせなければ開けることが出来なかった。
「先ほど、井戸で私を押したのは花であろう」
門を潜りながら篁は花に問いかけた。
「あら、気づいていましたか。だって、篁様が飛び込むのに躊躇していたから」
花は口元を扇子で隠し、笑いながら言う。
まあ、良い。相手が花であれば許そうと思い、篁はそれ以上の言葉を口にしなかった。
冥府の役所の前に出ると、長蛇の列が出来ているのが篁の目に入った。どうやら、閻魔大王は忙しいようだ。
「別室でお待ちください。いま、閻魔様を呼んでまいります」
花は篁を冥府の役所内にある別室へと篁を案内すると、どこかへと消えてしまった。
きっと花も忙しいのだろう。篁はひとり別室で閻魔がやってくるのを待つことにした。
しばらくすると、別室にひとりの男がやってきた。道服に身を包み、赤ら顔で顔半分が立派な髭で覆われた偉丈夫。それは紛れもなく閻魔大王であった。
「しばらくだったな、篁よ」
「ああ。あの狗神の一件以来だ」
「その節は、世話になったな」
「忙しそうだな、閻魔大王」
「そうだな。まあ、暇ではないな」
閻魔はそういうと、持っていた
「それで今回は何用かな、篁よ」
閻魔はその大きな瞳で、ぎょろりと篁のことを見る。
その瞳は見る者が見れば震えあがってしまうような大きな瞳だった。
「飛騨の両面宿儺を知っているか」
「その話か。それはお前の先祖である武振熊命が退治した鬼神であろう」
「その通りだ。しかし、今になって両面宿儺を名乗る者が現れた」
「なるほど、そういうことか。それならば、花に聞くが良い。わしよりも、詳しいはずだ」
閻魔はそういうと、腰をあげた。
どうやら、閻魔は本当に忙しいようだ。
「いま、花を呼んで来よう」
そういって閻魔は部屋を出ていった。
またしばらく待つと、今度は花が別室へとやってきた。
姿は先ほどとはまた違い、閻魔と同じように道服に身を包み、男装をしている。
「両面宿儺と聞きましたけれど」
花は開口一番にそう言うと、表情を曇らせた。
「ああ。我が妹が両面宿儺を名乗る人物に攫われたようなのだ」
「それは困りましたね」
「どういうことだ」
「最近、誰かが両面宿儺の封印を解いてしまったという話を聞いたばかりです」
「では本物か」
「その可能性は高いと思われますね。もし、本物の両面宿儺だとしたら、かなりの強敵」
「だが、我が
「確かにそうかもしれませんね。武振熊命の血を引く篁様であれば、両面宿儺を再び封印することはできるかもしれません」
「力を貸してくれるか、花」
篁はじっと花の顔を見つめた。
花は少し迷ったような顔をしたが、意を決したような表情になると口を開いた。
「わかりました。力になりましょう。両面宿儺は、飛騨にいるみたい」
「やはり、飛騨か……」
篁はその地名を呟きながらも、何か嫌な予感を覚えていた。
飛騨の国を現在治めているのは、
貞本は元々は左近衛府少将という立場にあったが、母である
貞本がこの左遷をどのように思っているかについてはわからないが、両面宿儺の封印が解かれたことに貞本が関与していないことを祈るしかなかった。
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