地獄の沙汰(7)

 有統の屋敷を出た頃には、すっかり日も暮れはじめていた。

 狗神探しの方法は、いま一度練り直す必要があるだろう。

 そう考えた篁は、大内裏の皇嘉門こうかもん近くにある弾正台へと戻ることにした。


 篁が弾正台に戻ると、来客が待っていると巡察弾正から告げられた。

 自分を弾正台に訪ねてくるような人物とは、誰だろうか。

 疑問に思いながら、来客を待たせている部屋へと入っていく。


「お待たせいたしました」


 篁が部屋に入ると、そこには白い水干に烏帽子という姿の色の白い男が待っていた。

 陰陽寮の刀岐ときの浄浜きよはまである。


「篁殿、突然の訪問、失礼しました」

「どうかなされたのですか」


 浄浜とは昼間に会ったばかりだった。

 それにも関わらず、その日のうちに訪ねてくるということは、何かあったに違いないと篁は思った。


「あの後、気になって狗神について調べてみたのですが……」


 そこまで言って、浄浜は口を噤んだ。


「どうかなされたか」

「篁殿、瘴気にでも当てられたか」


 浄浜の目つきが鋭くなる。


「どういうことでしょうか」

「私と会った後、どちらへ行かれた」

「以前、狗神の鳴き声が聞かれたという情報があった、藤原有統殿の屋敷近くへ」

「なるほど。そこで瘴気しょうきに当てられたか」


 篁には浄浜が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

 瘴気というのは、ある種の病気を引き起こすのような目に見えない何かのことを指していた。当時の平安京では、天然痘やインフルエンザ、麻疹、マラリア、赤痢、流行性耳下腺炎と寄生虫症などが流行していたというのが現代の調査でわかっている。医学の発展の乏しいこの時代では、そういった流行り病の流行は瘴気によって起きていると考えられていた。また瘴気については、世界的にも考え方は同じあり、古代ギリシアの頃からマラリアなどは瘴気によって引き起こされているものだと考えられていたそうだ。


「確かに気分が優れなくなり、有統殿の屋敷でしばし休ませてはもらったが」

「それは狗神の仕業じゃな」


 浄浜は断言した。


「狗神というのは、蠱毒こどくによって生み出された物の怪である。土着信仰と貴殿には伝えたが、狗神は人が生み出した化け物よ」

「そうなのか」


 閻魔大王から聞いた話とは少し違う。そう思いながらも、浄浜の言葉に耳を傾けていた。

 もしかしたら、狗頭の羅刹は現世にきて、浄浜のいう蠱毒によって瘴気をまとうようになったということだろうか。


「今宵は新月。狗神を葬り去るには、丁度よい晩よ」

「なにか考えがおありかな、浄浜殿」

「私も狗神退治に加えてはもらえぬだろうか」

「おお、それは心強い」

「では、後ほど」


 浄浜はそういって、弾正台を出ていった。

 今宵、篁は浄浜と共に狗神を討つ。

 どうして浄浜が狗神退治に名乗り出てきたのかはわからない。

 協力は心強いと思う一方で、何かあるのではないかという勘ぐりも篁の中にはあった。

 弾正台を退勤した後、篁は自分の屋敷へと戻った。

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