百鬼夜行(4)
「やっぱり百鬼夜行の仕業なんじゃないのか」
聞き込みを終えて戻ってきた平が言った。
どうしても、この男は百鬼夜行説を捨てられないようだ。
いつまでもそんな迷信に惑わされている場合ではないぞ。そう平に告げようとした時、篁の頭の中で何か引っかかるものを感じ取った。
百鬼夜行の仕業。
それは誰が言い出したことだ。
「なあ、平。お前は誰から百鬼夜行の話を聞いたんだ」
「え、誰だっけな……。そんなこと関係あるのか」
「いいから、思い出してくれ」
「あ、思い出した。
また岳守か。篁はそう思った。前回の朱雀門の生霊騒ぎの時も、噂の元は岳守だったはずだ。どうやら、岳守は無類の噂話好きのようだ。
「岳守殿は、誰から聞いたと言っていたか、わかるか」
「誰だったかな。そこまでは覚えておらん」
「いや、思い出せ。重要なことだぞ、平」
「なんだか、きょうの篁は厳しいな」
そう言いながら平は腕組みをして一生懸命に記憶を呼び戻そうとした。
「すまぬ、思い出せん」
「わかった。では、岳守殿のところへ参ろう」
篁はそう平に告げると、巡察弾正たちに死体を鳥辺野へ運ぶように指示を出して、平と共に藤原岳守の屋敷へと向かった。
藤原岳守は従五位上、
「これはこれは、弾正台の少忠が二人お揃いで、どうなされた」
篁と平を出迎えた岳守は驚いた顔をしてみせたが、笑顔で屋敷の中へと二人を招き入れた。
「つかぬ事をお尋ねいたしますが、岳守殿は百鬼夜行の話をどちらで聞かれましたかな」
「なんと、弾正台のお二人が訪ねて来たから、何事かと思えば」
そう言って岳守は笑って見せた。
これが普通の反応であろう。篁は岳守の顔を見ながらそう思っていた。
「百鬼夜行の話は、内舎人の間では有名な話ですぞ。朱雀門の近くを通った際に出たとか」
「なるほど。内舎人の中で出た話なのですね」
「まあ、そんなところですな」
岳守は、長く伸ばした顎髭を撫でながら言う。
「ところで、どなたか内舎人で百鬼夜行を実際に見たという方はいらっしゃるのでしょうか」
「おい、篁」
お前は何を言い出すんだ。そのような顔をした平が篁の肩を掴む。
篁は問題ないという意味で頷いて見せ、肩を掴んだ平の手をそっと外した。
「そういえば、藤原良門が先日の夜に百鬼夜行を見たとか話していた気がしますな」
「良門殿ですね。良門殿以外にも百鬼夜行を見たと言われている方はいらっしゃるのでしょうか」
「いや、どうだろうな。最初に百鬼夜行の噂を持ってきたのも、良門のような気もしますな」
「ほう」
篁は興味深そうに相づちを打つ。
この時、篁の中ではひとつの確信が生まれていた。藤原良門、どうやらこの男を調べる必要がありそうだと。
「ちなみに、岳守殿はこの言葉をご存じでしょうか?」
懐から折りたたまれた紙を取り出した篁は、その紙に書かれていた言葉を読み上げた。
「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ」
「ああ、その言葉なら知っております。先日、良門から聞きました。この言葉を唱えれば百鬼夜行に遭遇しても助かると」
「ええ、そのようですね。この言葉の意味はご存じでしょうか」
「そこまでは聞いていなかったな」
「なるほど」
そう言った篁は一度咳払いをしてから、紙に書かれた言葉を読み上げ始めた。
「
「なんと……」
篁の言葉に岳守は驚きを隠せなかった。
篁が発した言葉、それは簡単に言ってしまえば、このようなことだった。
『私は、ただの酔っ払いである。何も見ていない。だから、見逃してくれ』。
ただの命乞いの言葉をそれっぽく呪文として言っていただけだった。
言葉というものは不思議なもので、それっぽく言えば、そのように聞こえてしまうものなのだ。
「次は藤原良門殿のところへ参ろうか」
藤原岳守の屋敷を後にした篁は平にそう言って、歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます