百鬼夜行(3)

 竹藪の中でひとりとなった篁は、惨殺された男と女の死体を見下ろしていた。

 男の方は数か所、太刀のような鋭い刃物で切られている。

 女は背中に一発、そして腹を割くように切られており、腹からは臓物がこぼれ出ていた。

 遠くの方で野犬が鳴いている。この臭いを嗅ぎつけて来たのかもしれない。

 死体をさっさと鳥辺野とりべのへ持っていく必要がありそうだ。


 どこからか、鈴の音色のようなものが聞こえた。

 篁はその方向へ目を向けたが、そこには竹が生い茂っているだけで何もなかった。

 気のせいだろうか。

 そう思って、視線を男女の死体に戻そうとした時、急に肩を背後から掴まれた。

 篁は瞬時に腰の太刀へと手を伸ばしていた。


「待たれよ」


 肩に置かれた手に力が込められる。


「小野篁殿であろう」


 篁はゆっくりと振り返り、自分の肩に手を置いた人物を見た。

 烏帽子を被り、白い水干を着た男が立っていた。

 顔に見覚えは無い。


「我は藤原ふじわらの並藤なみふじと申す。陰陽寮の者じゃ」


 男が名乗ったことで、篁は太刀に伸ばしていた手の力を抜いた。


「これは失礼した。陰陽寮の方でしたか。あまりに気配がなかったので、あやかしか、物の怪かと思いましたぞ」

「ほほほほ、こちらこそ、失礼をいたしました。あなた様の話は、刀岐ときの浄浜きよはまより聞いております」


 並藤は持っていた扇子で口元を隠すようにして笑うと、篁の背後にある男女の死体へ目を向けた。


「これは、人の仕業でございますかな」

「と、いいますと」

「先ほど、百鬼夜行などと騒いでいる者がおったようで、少々興味を抱き、近づかせてもらった次第でございます」

「なるほど。並藤殿は、どう思われますか」

「私には到底想像がつきませんな。陰陽師は、呪術や星読みをするのが仕事でございますゆえ」

「そうですか」

「ただ……」

「ただ?」

「この竹藪は鬼の通り道ではありませんね。それだけは申し上げておきます」


 並藤は再び笑い、扇子で口元を隠す。


「それではお邪魔いたしました、篁殿。また、いずれ」


 そう言うと、並藤はゆっくりとした歩調で竹藪から出ていった。


 後々わかったことだが、藤原並藤という人物は陰陽寮で陰陽助の役についている人物であった。陰陽助といえば、陰陽寮のおさである陰陽頭の補佐をする次官であり、その位は従六位上に相当する役職であった。


「篁様、男の方の身元がわかりました」


 竹藪に巡察弾正のひとりが戻ってきて報告をした。

 男はこの竹藪の向こうにある小さな洞窟の中に住む者とのことだった。

 平安時代初期、平安京内に住む庶民たちは長屋に住むことが出来ていたが、京外ではこの男のように洞窟や竪穴住居に住む者も多かったという。


「何を生業なりわいとしているものなのだ」

「いえ、そこまでは、まだわかっておりません。ただ、男はひとりで暮らしていたそうで、女との関係がわかりません」

「そうか。もう少し、調べてくれ」

「わかりました」


 巡察弾正はそう言って、再び竹藪から出ていった。

 男と女は、この場で何をしていたのだろうか。

 何もない竹藪である。

 何もない場所であるからこそ、ふたりはここで密会していたということも考えられる。

 女の方は、遊女あそびだろうか。

 いや、遊女にしては身なりがきちんとしているようにも見える。

 どこぞの役人のであろうか。

 もし、そうだとしたら、なぜこのような場所にふたりはいたのだろうか。

 竹藪の中を歩き回りながら篁は考えを整理しようとしていた。

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