獅子頭(4)


 このままでは、勝ち目はない。

 致し方がない。

 懐に手を入れた篁は、ラジョウの角をぐっと掴んだ。


「我、召喚しせり。でよ、ラジョウ」


 雷鳴が聞こえた。

 その刹那、篁の影がひと周り大きくなる。

 影は次第に形を変え、大きな鬼の姿になっていく。

 その影の中から、ぬっと姿を現したのは、一本角の鬼。獄卒、ラジョウであった。


「だいぶ派手にやってからの呼び出しだな、篁」


 ラジョウはその姿を現すなり、言った。


「すまんな、ラジョウ」

「おいおい、これまたとんでもない相手じゃないか」

「わかるのか」

「わかるも何も、あいつは羅刹だろ」

「知っておるのか」

「ああ。こいつは俺の元同僚。地獄の鬼だ」


 篁とラジョウがそんな会話を交わしていると、羅刹が近づいてきた。


「おい、なにをごちゃごちゃと話しておる。お前の相手はこっちだぞ、篁」


 ラジョウの姿を見た羅刹は、少し驚いたような表情かおを見せた。


「獄卒か」

「ああ。正確にいえば、元獄卒だ。いまは、この小野篁に仕えておる」

「ほう。地獄の鬼が人間に仕えるとはな。笑わせるわ」

「笑っていられるのも、今のうちだぞ、獅子頭よ」


 そう言うや否や、ラジョウは羅刹に殴りかかった。

 地獄の鬼同士の殴り合いというものを篁は初めて見たが、とてつもない迫力であった。

 ラジョウが羅刹の顔を殴れば、羅刹はラジョウの腹を殴る。

 羅刹がラジョウの足を蹴れば、ラジョウが羅刹の脇腹を殴る。

 肉と肉のぶつかる音。

 それは轟音と呼べるものだった。

 しばらくすると、お互いが手を止めた。


「無駄じゃ、無駄」

「確かに、無駄だな」


 羅刹とラジョウはそう言うとその場に座り込んだ。


「のう、篁。終わりにしよう」

「どういうことだ」

「わしと獄卒が殴り合っても、時間の無駄だということだ」


 羅刹はそういうと、堂の中で気を失っている姫をひょいと篁の方に投げつけてきた。

 篁はその姫を抱きとめる。


「地獄の鬼同士、殴り合っても決着はつかん」


 羅刹はそういって、一枚の紙切れを口から吐き出した。

 その紙切れには何やら解読不能な文字が書かれており、篁にはそれを読むことはできなかった。


「これは契約書じゃ。わしはとある人間と契約を結んで、とある公卿の屋敷を襲い、この女子を連れ去った。全ては契約じゃった。だが、この契約もこれまでだ。破棄する」


 破棄という言葉を羅刹が口にしたと同時に、羅刹の吐き出した紙切れから蒼色の炎があがった。

 その炎の中には、ひとりの男の姿が映し出されていた。


「こやつとの契約はこれで終了じゃ。わしは地獄に帰る」


 そういうと、羅刹は寺のお堂の中へと入っていってしまった。

 篁は羅刹のあとを追おうとしたが、それをラジョウが止めた。

 ラジョウは篁に対して、無言で首を横に振る。



 後日、弾正台はひとりの男を逮捕するために、出動した。

 その男は襲われた屋敷の公卿が雇っていた家人だった。

 賊の侵入を手引きした罪に男は問われたが、弾正台が男の家に踏み込んだ時には、男は命を絶ったあとだった。

 男の死は自死として片付けられたが、どう考えてもその死体は何かに喰い荒らされたようにしか見えなかった。

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