獅子頭(3)

女子おなごよりも、お前の方が面白そうだな、篁」


 羅刹はそう言うや否や、さらって来た姫を寺の堂の中に投げ込んで、篁の方へと向かってきた。

 矢で射るには、間に合わなかった。

 弓を捨てた篁は、腰に佩いた太刀へと手を伸ばす。


 ものすごい衝撃が篁の胸を襲った。

 前蹴りだった。

 獅子頭の羅刹の蹴りは強烈なものであり、篁の身体は宙に浮くと、背後にあった苔むした石灯篭に衝突した。


「楽しいかな、楽しいかな」


 羅刹は笑う。

 笑うたびに口からは、蒼い鬼火が燃え出てきていた。


 背中を強く石灯篭に打ち付けられたため、篁はうまく呼吸ができなくなっていた。

 少し身体を動かし、骨が折れていないことを確認する。


 大丈夫だ。動ける。しかし、体中が痛かった。

 息吹で呼吸を整える。

 大丈夫、大丈夫だ。まだ戦える。

 篁はゆっくりと太刀を抜き、太刀を構えると、羅刹との間合いを取った。

 

 再び羅刹が動いた。

 今度は右手を振り回すようにして殴りかかってくる。

 ぎりぎりのところで、篁はその羅刹の拳を避け、太刀を振る。

 太刀は羅刹の右腕に当たる。

 しかし、硬い岩でも叩いたかのような感触がするだけで、羅刹の腕には傷ひとつ残すことができなかった。


「どうした、どうした」


 羅刹はそう言いながら、左右の腕を振り回す。


 防戦一方。

 羅刹の腕を避けることで精一杯になっており、攻撃するまで手が回らなかった。

 このままでは、体力ばかりが消耗していくだけである。

 少しずつ、篁の避ける速度が遅くなってきていた。

 篁に焦りが生まれる。


 そこへ強烈な一撃が来た。

 しかし、篁にはそれが見えていた。

 羅刹の繰り出した拳を避け、篁は太刀を突き出す。

 心の臓。

 太刀の先端が突き刺さる。

 しかし、篁の手に伝わってきたのは、またしても岩を叩いたときのような硬い感触だった。


 まずい。

 そう思った時は、遅かった。


 羅刹は自分の胸に突き刺さった太刀を握ると、がら空きになっている篁の腹のあたりに拳を繰り出してきた。


 一瞬の迷いが命取りになる。

 篁は咄嗟に、太刀を持つ手を離していた。


 鋭い風が先ほどまで篁が立っていた場所を吹き抜ける。

 間一髪のところで、篁は羅刹の拳を避けていた。


 太刀は羅刹の胸に突き刺さったままである。

 篁は間合いをはかるように、少し後ろに下がった。


「さあ、どうする。どうする、篁」


 相手が人間であれば、太刀を失ったときは組み合いに持ち込めばよかった。

 蝦夷えみしとの戦いで組み合いになった際も、篁は負けたことがなかった。

 だが、相手は自分よりも大きな獅子頭の鬼である。組み合って勝ち目はあるだろうか。

 

「どうした、どうした」


 篁は意を決して、羅刹に組みついた。


「面白きかな、面白きかな」


 羅刹が笑いながらいう。


 やはり、鬼の力というのは尋常なものではなかった。

 掴まれただけで、腕が引きちぎられるのではないかというぐらいの力を感じる。


 やはり力では、敵わぬか。

 篁はそう思うと同時に、組み合いの技を思い出していた。


 組み合いの技というものは、力ではない。逆に力を抜いて、相手の力を利用するのだ。

 篁は自分の胸を羅刹の身体に付けるようにして、身体を寄せた。


 羅刹は篁が何をしようとしているのか、わかってはいない。


 息吹を使い、篁は呼吸を整えると身体を捻るようにして、羅刹の身体を自分の身体の上に乗せるようにした。


 その刹那、羅刹の身体が浮いた。

 何が起きたのかわからない羅刹は、慌てて手足をじたばたと動かしたが、時すでに遅しだった。


 羅刹の大きな体は宙を舞い、そのまま地面へと叩きつけられた。

 鈍い轟音が辺りを震わせる。


 篁は羅刹の胸に刺さっている自分の太刀へと手を伸ばす。

 太刀の柄に手を掛け、羅刹の胸から引き抜こうと力を込める。


 次の瞬間、篁は身体に衝撃を感じた。

 羅刹の太い腕が飛んできたのだ。


 その太い腕をぶつけられた篁の身体は、大きく後方へと弾き飛ばされた。

 しかし、篁は太刀の柄を握っていた手を離さなかった。

 太刀が軽くなったような感覚はあった。


 手元を見ると、太刀が真ん中あたりで折れてしまっていた。


 雄叫びをあげながら、羅刹が頭から突っ込んでくる。

 飛ぶようにして羅刹の身体を避けると、篁は手に持った折れてしまっている太刀を羅刹へと投げつけた。


「逃げるのか、逃げるのか」


 羅刹の胸には、太刀の先端が刺さったままとなっている。

 万事休す、か。

 篁は羅刹との距離を取りながら、思っていた。

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