朱雀門のあやかし(3)
太刀であれば鬼をも斬ることができた。
現世のものでなくとも、太刀は通じるはずだ。
女が迫ってくる。
篁は女を斬りつけるために太刀を上段に振るった。
しかし、振り下ろした太刀に感触はなかった。
「ぬう」
女の口から声が漏れる。
しかし、どこにも刀傷のようなものは残されてはいなかった。
「小野篁、恨めしや」
女はそういい、口から長い舌をにょろりと出して見せた。
その舌の動きはどこか淫靡であり、何か人を魅了させるようなものに見えた。
「小野篁、恨めしや」
再び女がいう。
篁はじっとりと背中に汗をかいていた。
矢も射ることがねば、太刀で斬ることもできぬ。
これは困ったぞ。
その時、ふと懐に入れてあった鬼の角のことを思い出した。
現世のものが通用しないのであれば、現世ではないものを使ったらどうだろうか。
閻魔は言っていた。この角があれば、獄卒との主従関係は成り立っていると。
その言葉を信じよう。
篁は懐に手を入れると、羅城門の鬼の角をそっと握った。
「我、召喚しせり」
心の中でそう呟く。
すると、雷のような音が鳴り響き、篁の影の中から巨躯が姿を現した。
紛れもない。それは羅城門の鬼だった。
「呼んだか、篁」
「ああ、呼んだ。お前とは主従関係にあるからな。この際、口の利き方は黙認しよう」
目の前に突然現れた鬼の姿に、女は驚きを隠せないといった表情を浮かべた。
「あれは、なんだ」
「それは私の方が知りたいぐらいだ。ただ、矢も太刀も通用しない」
「そりゃそうだろう。あれはそういう類のもんじゃねえ」
「では、どうすればよい」
「わしに任しておけ」
鬼はそう篁に言うと雄叫びをあげた。
その雄叫びは空気を震わせる。
女の周りを取り囲んでいた鬼火が大きく揺れた。
「あなや」
女の声がしたと同時に、その姿は消え去っていた。
一体、何が起きたというのだろうか。
「まあ、こんなもんだ」
鬼は篁の方を見ると、満足そうにいった。
「もう終わったのか」
「ああ。楽勝だ」
「すごいな、お主」
「そうだろ。すごいだろ」
鬼は嬉しそうにいう。
こやつ、こんな感じだったか。篁は疑問を感じていた。羅城門で戦った時のような、おどろおどろしさのようなものは、微塵も感じさせない。それに、あの独特の臭いが無くなっていた。
「名は、なんと申す」
「あ? そうだな。お前が付けろ、篁。わしは冥府や地獄では獄卒としか呼ばれておらん」
「そうか。では、羅城門にいたから、ラジョウとでも呼ぶかな」
「ほう、ラジョウか。わしはラジョウか」
鬼はその名が気に入ったかのように連呼していた。
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