朱雀門のあやかし(2)

 その夜、篁は宿直だった。

 いつものように部下の巡察弾正たちと夜間の巡視を行っていると、どこからか叫び声が聞こえてきた。


 何事か。

 篁たちは声の聞こえてきた方へと走り出した。

 そこは羅城門からまっすぐ北に伸びた朱雀大路の突き当り、大内裏へと続く朱雀門の辺りだった。


 ちょうど篁たちが朱雀門の近くに辿りついた時、門の脇にある土塀の辺りを青白い炎が横切ったのが見えた。

 鬼火。篁はすぐにその炎の正体を悟った。


「下がられよ」


 一緒にいた巡察弾正に声を掛け、篁は背負っていた弓を手に取ると矢をつがえた。

 鬼火が3つ。まるで円を描くようにしながら、土塀を乗り越えて朱雀大路へと姿を現す。


「お、鬼火だ」


 巡察弾正のひとりはそう言うと、尻もちをつくようにして、その場で気を失ってしまった。


「おい、こやつを連れていけ」


 篁は弓を構えたまま、もうひとりの巡察弾正に命令をする。

 その間も、篁の目は鬼火から逸らされることはなかった。


 あの臭いがした。

 羅城門で嗅いだ、あの妙な臭いだ。


 なにが出て来るかな。


 篁はじっと矢の狙いを鬼火に定めたまま、それが正体を現すのを待った。


 三つの鬼火が寄り添うように近づき、ひとつの大きな鬼火へと変化する。

 その炎の中に、なにかが見えてくる。

 髪を振り乱した若い女。


 人なのか。

 一瞬、篁の気が緩む。


 しかし、その顔は狂気に満ち溢れており、目は血走り、口は大きく裂けている状態であった。

 女が着ている小袖は乱れており、大きく開いた襟元からは乳房が零れ出ている。

 しかし、そんな女の姿を見ても篁は欲情することは無かった。

 どこからどう見ても、女の姿は鬼と化しつつあるのだ。


「恨めしや、恨めしや」


 女が呟くたびに口元から青い炎が零れ出てくる。

 現世の者でなければ、退治するしかあるまい。


「我は、弾正少忠の小野篁である。何者じゃ」


 篁は自ら名乗ってから、女に問いかけた。

 もし、相手が自分よりも高貴な身分であった時のことも考えたのだ。

 物の怪やあやかしであれば、そんな気遣いは無用。

 そう考える一方で、もしも現世の者であればということが篁の脳裏をかすめた。


「恨めしや、恨めしや」


 女は篁のことをじっと見つめてきた。

 嫌な眼だった。

 その眼には憤怒と憎悪しか込められてはいなかった。


 仕方あるまい。

 篁は息吹きを使い、最大限に弓を引き絞る。


 口を大きく開けた女は、ものすごい勢いで篁へと迫ってきた。


 風を切る音。

 弓から放たれた矢はまっすぐに女の顔めがけて飛んでいく。


「あなや」


 女の口から驚きの声が漏れる。

 矢は女の顔をかすめ、その後方にある塀に刺さった。

 当たるはずだった。

 陸奥守であった父に従い、多くの戦を経験してきた篁は剣の腕以上に、弓は得意なはずだった。時には飛んでいる鳥をも射落とすことができた。

 しかし、なぜか矢は女には当たらなかった。


 どういうことだ。

 篁は弓を捨てると、腰に佩いた太刀を抜いた。

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