朱雀門のあやかし
朱雀門のあやかし(1)
そんな話を小野篁のもとへ持ってきたのは、
平は篁とは同じく弾正少忠であり、年も近いことからよく共に盃を交わしたりする仲だった。
「偶然ではないか、それは」
「いや、そうでもないらしいぞ」
「なんだ、その言い方は。まるで物の怪でも出たかのような」
篁は笑いながら盃を唇へと持っていく。
肴は梨と柿を干したものである。
「その通りだ、篁」
「なにがだ」
「物の怪だよ」
「馬鹿を言うな」
篁はそう言ったが、平があまりにも真剣な顔つきでいうため、盃を持った手を止めた。
「なにが出たというのだ」
「鬼火を見たそうな」
「そんなものを見たからと言って、人は死ぬわけがなかろう」
「なんじゃ、鬼火を見たことがあるといった口ぶりだな、篁」
「いや、そうではないが……」
篁は口ごもり、それをごまかすように酒の入った盃を唇に当てた。
冥府で閻魔と酒を飲み交わした。
その話を篁は誰にも言ってはいなかった。
もし、誰かに言ったとしても誰も信じることは無いだろう。
妙な噂をたてられても困るのは自分である。そのことを篁はよくわかっていた。
「これは
内舎人とは、天皇の身辺警護などを務める役職であり、普段より大内裏や内裏を出入りしている藤原岳守からの話となれば信ぴょう性は高かった。
「岳守はその鬼火を見たというのか」
「いや、それは違う。もし岳守殿が見ていれば、岳守も死んでいるであろうよ」
「ふむ」
あまり納得ができないといった感じで篁は返事をする。
そもそも鬼火を見たぐらいで人は死なない。それは篁自身が経験していることだからわかっていた。
大内裏で鬼火が出たとするのであれば、あやかしか物の怪の
もしそれが事実だとしても、篁にはどうすることもできなかった。
篁は大内裏に出入りできるような身分ではないのだ。弾正少忠という役職は、朝廷の下級役人である。同じ下級役人であっても内舎人のような天皇の身辺警護を務めるような役職でなければ、大内裏に入ることは許されないのである。
「のう平よ、大内裏で起きたことは大内裏で始末する。我々、弾正少忠が知ったところで何もできないであろう」
「まあ、そうじゃな」
「大内裏で起きたことであればな……」
篁は何の気なしに呟くようにいった。
まさか、この呟きがその後で自分の身に降りかかる事となるとは思いもせずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます