TAKAMURA

羅城門の鬼（３）

　鬼と睨みあいになる。

　太い腕、太い足。その手足から繰り出される攻撃を受ければ、致命傷は逃れられないであろう。

　篁は息吹きを使った。

　鬼が一歩踏み出し、その太い腕を振り回す。

　速い。

　思っていた以上に、鬼の動きは速かった。

　篁は転がるようにして鬼のその太い腕から逃げると、太刀を構えなおした。

　再び鬼が前に踏み出してきた。

　それに合わせるように篁も足を進める。

　鬼が腕を再び振ろうとしたところで、篁は太刀を振り下ろした。

　振った太刀に確かな感触はあった。

「おのれ、篁め」

　普通の人間が相手であれば、胴体から首を斬り離しているはずだった。

　しかし、鬼の首はしっかりとくっついており、その毛むくじゃらの胸には太刀で斬った痕がついているだけだった。

　頑丈な体なことよ。

　篁は心の中で呟いた。

　斬りつけられたことで逆上した鬼は腕を振り回しながら篁へと迫ってきた。

　篁は後ろに下がって、鬼の振り回す腕を避けながらも、隙を見て太刀で斬りつける。

　しかし、鬼の身体は鋼の如く硬いため、太刀が全然通らなかった。

　このままではやられてしまう。

　篁は内心焦っていた。

「無駄じゃ、篁。さっさとわしに喰われよ」

　笑いながら鬼がいう。

　そして、鬼の腕が篁に伸びてきて、篁の首の辺りをぐっと掴んだ。

　ものすごい力だった。

　蝦夷（えみし）の大男と組み合いをしたことがあったが、そんな大男の力など比にならないくらいの力だ。これならば、牛一頭も簡単に捻り殺すこともできるだろう。

　篁は必死に暴れて、鬼の手から逃れようとしたが、鬼の手は外れることはなかった。

　次第に呼吸が苦しくなってきた。

　このまま、喰われてしまうのか。

　篁が諦めかけたその時、小さな光が目の前を通過した。

　蛍だった。

　次の瞬間、その蛍はまばゆい光を放ち、鬼の目を眩ませた。

「篁様、いまです」

　その声には聞き覚えがあった。花の声だ。

　篁は太刀を鬼の頭上に振りかぶると、気合の声とともに一気に振り下ろした。

　確かな感触が手には伝わってきた。

　鬼は頭から血を吹き出しながら床の上をのたうち回った。

　見ると、鬼の角が一本折れている。

　先ほどの手ごたえは、この角を折った手ごたえだったようだ。

　篁は鬼にとどめを刺すべく、太刀を上段に振り上げた。

「お、お待ちください。どうか、命を取るのだけは」

　鬼は両手をいっぱいに伸ばして、とどめを刺そうとしている篁に命乞いをはじめた。

「もう二度と悪さはいたしません。どうか、どうか、この命だけはお助けください」

「ほう。鬼も命乞いをするのか」

「どうか、この通りでございます」

　鬼は土下座をして篁に頭を下げる。

「篁様、許してはなりません。鬼という者は平気で嘘をつきます」

　花が蛍の姿のまま、耳元でささやく。

「お待ちください。わしは嘘なんぞつきません。閻魔大王様の名に誓って、嘘はつきません」

「ほう、閻魔大王の名を出すか」

「はい。わしは閻魔大王様の下で働く鬼にございます」

「閻魔大王の名前を出されたのでは、斬るわけにもいかんな」

　篁は振り上げていた太刀をゆっくりと下ろす。

「篁様、騙されてはいけません」

「わかっておる。しかし、閻魔大王の名のもとに許しを乞うているのだ」

「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」

「もうしたな。決して、忘れてはならぬぞ」

「もちろんでございます」

「では、この羅城門での悪さはやめることだ。それで今回は見逃してやる」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

　鬼は頭を下げたまま、何度も何度も篁に礼を述べた。

　花は不服そうではあったが、鬼が羅城門での悪さをやめるということで何とか納得させた。

　こうして、羅城門の鬼は悪さをしなくなった。

　それからの羅城門はどこか忌々しい雰囲気もなくなり、平安京の守りを固める門の姿へと戻っていったのであった。