あのねのねむのき 🪲

上月くるを

あのねのねむのき 🪲




 

 旧街道沿いにある大河内理髪店は、朝の七時から店を開けるのが長年の習慣です。

 創業した先代の「勤め人さんは昼間の時間がとれないんだから」を忠実に守って。


 お婿さん(といっても米寿です)が店の準備をする間にチヨさんは植物の水やり。

 南の出窓の外のプランターで、深紅のアネモネがひときわ華やかに咲いています。


 昨秋から球根に養分を蓄えて来たので、一見、だれに遠慮もなさげに大きな花びらを開いていますが、こう見えて、アネモネにはアネモネの悩みがありまして。(笑)




      💈




 それは、気にしいの一部の人間たちが妙にこだわる、花ことばなるもののことで。

「はかない恋」「恋の苦しみ」「見放された」「見捨てられた」etc.:;(∩´﹏`∩);:


 ギリシャ神話に登場する、愛と美の女神・アフロディテと少年・アドニスの悲恋に由来するそうですが、それにしても、ひとつぐらい救いが欲しいところですよね~。


 それに、アネモネという名前からしてどうなんでしょう……言いにくいというか、はっきりしないというか、できれば、もっと凛としたさわやかな名前がよかったな。


 なので、夫と同じく年老いたチヨさんが、いくら丹精こめて世話をしてくれても、アネモネの心は晴れないのですが、それでも精いっぱい元気を装って咲いています。




      🧚‍♂️




 ある日、一頭のモンシロチョウが舞って来て、真っ赤なアネモネにとまりました。

 赤と白、目の覚めるようにお似合いの一対です、羽を休めた蝶がささやきました。


「あんまり悲観しないことです、同じ思いをしている花がこれから咲くのですから」

「ああ、合歓ねむの木? あのぼんやりした印象の眠そうな……で、花ことばはなんて」


「それを訊かれるとちょっとアレですが(「安らぎ」「歓喜」「創造力」(*''ω''*))ごにょごにょした(失礼)ニュアンスが似ているということを言いたかったんです」


 なんだかもうひとつ納得のいかない話ではありますが(笑)モンシロチョウのいたわりは分かりましたので、アネモネは、合歓の花が咲く季節を待つことにしました。




      🍃




 梅雨が明けたころ、向かいを流れる川岸の合歓の木に薄紅の花が咲き初めました。

 仲よしのモンシロチョウに頼まれていた風は、おどけた歌を吹き鳴らします。🎶



  あねもね

  あねもね


  あのねのねむのき

  ねむねむねむのき


  あねもね

  あねもね



 そのころにはとうに花の時期を終えていたアネモネですが、春先、ひらひら待って来て懸命に励ましてくれたモンシロチョウのメッセージはたしかに受け取りました。


 ふわ~っとやさしく吹き過ぎようとした風が、ねむそうな歌をうたって行きます。

 聴いているうちに、あなたもわたしも、ふあ~、ねむ~くなって来て……。(˘ω˘)




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