第56話 怪獣大決戦 1

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。

ルーナ=リーア……白の月の女王。地球人名:月乃美琴つきのみこと 

セレスティア=リーア……黒の月の女王。ルーナの双子の姉。

エディオン=バロウズ……九百年前に亡くなっている賢者の霊。あずきの先祖。


 ピィピィピィピィ!!


「……ねぇ。これ、箒で飛んだ方が早くない?」

 

 おはぎが呆れ顔で言う。


「うん、わたしもそう思う」


 あずきはヒヨコの背中を優しく撫でてやりながら答えた。

 

 ヒヨコは健気けなげなほど一生懸命、羽ばたいていた。

 体の大きさに対して羽根が小さいので、羽ばたきの力ではなく、あずきから流れ込む魔力を消費して飛んでいるのだろう。

 物理より魔力というわけだ。

 なら羽ばたく必要も無いと思うのだが、なぜにそこまで必死に羽ばたくのか。


 にしても遅い。


 結構上空まで来たようだが、稲光いなびかりが走る暗雲は、まだ先だ。

 この雲の中で二匹の龍が争っている。

 早いとこ止めないと、地球の監視装置に引っ掛かってしまう。

 

「ね、あずきちゃん。顔色悪くない? 大丈夫?」


 おはぎがヒヨコの背で振り返って、すぐ後ろのあずきを見上げた。


 ――さすが使い魔、わたしの異変にすぐ気付けるんだ。


「……この子、とんだ食いしん坊だわ」

「どういうこと?」

「今ね、自然界から全力で魔力を取り込んでいるのよ、自分の中の魔力だけじゃ足りないからさ。だけど取り込んだ魔力のほとんどをこの子が持っていくの。お陰でわたし自身は魔力切れ寸前! エンプティマークが真っ赤まっかに点滅しちゃってるわ」

「うへぇ。そんなんで、どうやって二人の女王の喧嘩を止めるのさ」

「それこそこの子に聞いて。今のわたしでは、何発、魔法弾を放てるやら」


 ピィピィピィピィ!!


 暗雲に突入した途端、あずきは猛烈な雨風に襲われた。

 一瞬でびしょ濡れになる。

 超大型台風の真っ只中にいる気分だ。 


 ピィィィィィィィィィィィィ!!!!


 一瞬で、あずきを乗せたままヒヨコが吹き飛ばされた。

 あずきはヒヨコに必死にしがみついたまま、懐から短杖ウォンドを出した。 


「ベントゥス パリエース(風の壁)!」


 ヒヨコを中心に、球形に張った風防壁が出現する。

 魔力があまり残っていないので、風防壁を極限まで薄くする。

 

「落ち着いて、ピーちゃん。もう大丈夫、雨風は防いだから」


 あずきは犬猫にでもするかのように、背中を優しく叩く。

 と、次の瞬間、巨大な白い物体が、真横を猛スピードで通り過ぎた。

 あずきたちは、更に吹っ飛ばされた。 


 上下左右、視界が目まぐるしく入れ替わる中、あずきは見た。

 白く光る鱗。

 長大な姿。

 あまりの速さに全身まで確認することは出来なかったが、龍体に变化へんげした白の女王・ルーナリーアに間違いない。


 ――近くまで来た!!


 ヒヨコが姿勢を取り戻し、再び飛び始める。

 

「ディプレーンショ(探知)!」


 ここまで雲が厚いと、視覚より魔法感覚を利用した方が周囲の状況を掴みやすい。

 あずきはヒヨコの背の上で、知覚を最大限にまで広げた。

 周囲の暗雲を貫いて、知覚の網が広がっていく。

 あずきの知覚に巨大な長い生物の姿が引っ掛かった。

 高速で飛行する巨大生物が二体いる。


 ――見つけた!


 二匹の龍が周囲に雷を放出しながら、尋常でない速度で空を縦横無尽に飛び回っている。

 だが、存在は確認できたが、どうやって二人を正気に戻すか。


 ヒヨコの飛翔速度では、とてもじゃないが追いつけるものではない。

 といって、偶然近くを通ったときに魔法弾を放ったところで当たるはずもないし、当たったところで女王たちが正気に戻るとは思えない。

 ここまで来ておいて、結局八方塞がりの状況になってしまっている。


「ご先祖さま、目的の場所に着いたよ! どうすればいい?」


 あずきがペンダントに向かって大声で叫んだ。

 風防壁を張って雨風は防げてはいるものの、風防壁に叩きつける雨風の音までは防げない。

 と、必死に飛ぶヒヨコの隣にスっと賢者が現れる。


 明らかに、あずきの張った風防壁の外にいるのだが、魂魄こんぱくだけあってこれだけの雨風にも全く影響していない。

 全身びしょ濡れで、髪も服も身体に張り付いてしまっているあずきと比べて、なんと快適そうなことか。

 

 ――幽霊ってずるい!


「うーむ、分からん!」

「……は?」

「いや、分からんのよ。セレスは『なんか凄いのが中に封じられているから取り扱い注意ね』としか言っておらんかったのよ。だってこのペンダント、そもそもが婚約の証に宝物庫から適当に貴重そうなアイテムを持ってきたって扱いでしか無かったもん」

「今更そんなこと言わないでよ! そんで、出て来たのがこのヒヨコ? なーによそれ。とんだ役立たずじゃん!」

「でも、伝承では凄いって言ってたらしいぞ?」

「ただのフカシなんじゃないの? こういう凄いアイテム渡すんだから、浮気しちゃダメよ的な?」

「どうじゃろうのぅ……」


 賢者が言いよどむ。 

 あずきは再び、広げた知覚を猛スピードで飛び回る二匹の龍に集中させた。


 ――このヒヨコが強力な召喚モンスターだって前提でここまで来たけど、ただの乗り物であった場合、ここから箒にチェンジ? こんなヘロヘロの状態であの二匹の龍に追いつけって? うわ、きっつ……。


 考えをまとめようとあずきはヒヨコの上で腕を組んだ。

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