第57話 怪獣大決戦 2

 ――ん? なに?


 あずきはヒヨコの変化に気が付いた。

 毛が金色に光っている。


「何これ! ヒヨコが光ってるよ! 何が起こっているの!」

「分からん! だが何かが起こりつつある! 油断するなよ!」

「あずきちゃん、眩しいよ! 光に飲み込まれていく!!」


 段々光量が増していく。

 眩しくて目が開けていられない。


 ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!


 突如、ヒヨコが鳴いた。

 遥か遠くまで届きそうな大音量の鳴き声に、あずきは思わず耳を塞いだ。


「ピーちゃん?」


 次の瞬間。

 あずきを中心に強烈な魔法乱流が発生した。

 あずきの張っていた風防壁があっという間にかき消される。

 あずきは反射的にヒヨコの背に身を伏せ、魔力探知のレーダーを確認したが、自分の身体から出た途端、魔法が消える。


 だが感覚で分かる。

 異常な魔力の流れが凄まじい勢いでどんどん広がっていく。

 目をつぶっていても分かるくらい、肌で感じる。


 ――ここだ! ヒヨコが魔法乱流の中心だ! まるで渦だ!


 渦のように形成された魔法乱流が、周囲の全ての魔力を吸い上げている。

 食いしん坊の面目躍如めんもくやくじょだ。

 

「おはぎ! しっかり捕まって! 振り落とされたらアウトだよ! 離れた途端に魔力を全て吸われる! こんな高高度で魔法を封じられたら、墜落死しちゃうからね!!」

「こりゃいかん!」


 あずきの言葉を聞いた途端、おはぎは顔を真っ青にしてヒヨコの背にしがみついた。

 あずきがその上に覆いかぶさる。

 賢者も慌てて、あずきが首から下げたペンダントに引っ込んだ。

 

 あずきはヒヨコの背に伏せつつ、自分の中の魔法力を確認した。

 吸われていない。

 どうやら召喚主だけあって、あずきの放った魔法はかき消されても、あずき自身は、魔力吸い上げの対象から外れているらしい。

 とはいえ、この高さまで飛んで来るまでに吸われまくったから、今更吸うだけの魔力はあずきには残っていないのだが――。


 女王たちの魔力が生み出したものだったのか、周囲を覆っていた暗雲が吹き散らかされ、青空に代わっていく。

  

「いた!」


 すぐ近くの空に龍が二匹、留まっていた。

 暗雲のせいで見えなかったが、思った以上に近くにいたらしい。

 魔法乱流のせいで、身動きが取れなくなっているようだ。


 と、みるみる龍の姿が薄れていく。

 魔法でまとっていた龍体を無理やり引き剥がされている、といった形容が正しいだろう。

 徐々にその姿が、人間の形に戻っていく。

 

 白いドレスを着た人影と、黒いドレスを着た人影。

 白の女王と黒の女王に間違いない。 

 だが、よく見ると二人とも気を失っているようだ。

 そのまま二人共、落下していく。 


「まずい! ディミティス(解放)!」


 あずきはヒヨコの上で魔法陣から箒を引っ張り出すと、急ぎ飛び降りた。

 自由落下しながら、箒に飛び乗る。

 おはぎも落下しながらあずきの背中に爪を立て、しがみついた。

 風が落下するあずきの服をバサバサと叩き、轟音を立て通り過ぎて行く。

 

 箒自体は実在する物体だから、魔力を吸われたところで消失したりはしない。

 だが、瞬時に丹田たんでんにある魔法核コアを全力回転させたが、魔力が発生しない。

 うんともすんとも言わない。


 不意にあずきは、魔力で繋がっていたヒヨコの気配がフっと消えるのを感じた。

 途端に魔法核が勢いよく動き出す。


 ――そうか! 召喚主わたしとの距離が離れたから引っ込んだんだ!


 ヒヨコに吸われたお陰で魔力は枯渇しかけているが、弱音など吐いていられない。

 いくら月の女王とはいえ、意識を失ったままこんな高高度から落下したら間違いなく即死する。

 

 「全力全開!!」


 あずきは高速で、落下していく女王たちを追い掛けた。


 先に白の女王に追いついた。

 ぐったりしている白の女王を箒の背に乗せる。

 重量オーバーなのか、途端に箒のコントロールが難しくなる。

 だが、そんなことを言っている余裕は無い。

 自由落下に更に魔力を乗せ、高速で黒の女王を追う。 


 地上の建物がかなりハッキリ見えてきたとき、ようやく落下中の黒の女王に追いついた。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!」


 思わず叫び声が出る。

 あずきは全身の力を使って、箒の上に黒の女王を引き上げた。


 ミシミシッ。


 箒が嫌な音を立て、しなる。

 あずきは魔法核をフル稼働させた。

 既にヒヨコに吸われたお陰でかなり消耗しているが、出し惜しみしていられる状況ではない。

 命が掛かっている。


「ベントゥス(風よ)!!」


 あずきは姿勢を立て直しながら、下方に向かって全力で風を送り込んだ。


「わしも力を貸すぞ!」

「ボクも!」

 

 下方に向かう風の流れに強い力が加わった。

 賢者とおはぎの分だ。

 だがそれでも、落下速度は、わずかに緩んだ程度だ。

 地上が迫ってくる。 

 このままでは地面に激突してしまう。

 

 ――ダメか……。


 あずきの顔に諦めの表情が浮かびかけたそのとき。

 不意に、さっきまで乗っていたヒヨコの姿が思い浮かんだ。


「ピーちゃん?」


 ボフっ。


 次の瞬間、あずきは、もふもふの毛に包まれていた。

 衝撃は、ほとんど感じなかった。

 せいぜい、家で、ふわふわの布団にダイブした程度のものだ。


 あずきが慌てて立ち上がって周りを見ると、地面が金色に光り輝いている。 

 まるで、足首まで埋まる、ふかふかの絨毯に立っているみたいだ。

 

 あずきのすぐ近くに、白の女王と黒の女王が倒れていた。

 近寄って確認してみたが、呼吸は正常だ。

 二人とも怪我をした様子は無い。

 ただ気を失っているだけのようだ。

 あずきは安堵のため息をつき、再度、周囲を見回した。 


「これ、何だろう……」


 ピィ!


 どこかで聞いたことのある声がした。

 でもこの声は……。


「え? まさか! えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ??」


 あずきはようやく気付いた。

 あずきが立っていたのは、二人の女王の膨大な魔力を吸って、全長五十メートルもの巨大な姿になった、ヒヨコのピーちゃんの背中の上だった。

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