第42話 氷姫ヒルダと雪上訓練 1

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。

ヒルダ……氷の精霊。



「寒っ!」


 転移した途端、あずきは猛烈な寒さを感じた。

 思わずキョロキョロ辺りを見回す。

 転移先は、雪山だった。

 晴れてはいるが、そもそもの気温が低いのだろう。

 慌てて杖を出す。 


「アグニ(火よ)!」


 あずきは体内に火を巡らした。

 途端に寒さを感じなくなる。

 見ると、おはぎも防寒対策をしたのようで、雪の上でも平気で歩いている。

 どうやらあずきがレベルアップしたお陰で、おはぎも単体で色々やれるようになったようだ。

 

 ――便利便利。

 

 あずきはふと、自分の気力が全快しているのを感じた。


「おはぎ。なんか、体力、魔力がフル回復してるんだけど、あんたはどう?」

「ボクも。転移ごとに回復してくれるんだね。お優しいことで」

「だから遠慮せず全力で戦えって言いたいんでしょ? やーれやれ。楽はさせて貰えないみたいね」


『そう構えなくていいよ。リラックス、リラックス』


 不意に後ろから聞こえた声に慌てて振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。

 高校生くらいだろうか。

 Gジャンにスキニーパンツで、シンプルにカッコいい装いだ。

 見た目の年齢に対し高身長で、髪はショートボブ。

 愛嬌のある美人タイプで、男性よりも女性にモテそうだ。

 

 女性が手を振ると、その場にあっという間にガーデンテーブル一脚とガーデンチェアが二脚できあがった。

 触ると冷たい。

 雪で作られているようだ。


『まぁ座んなよ。お茶でも飲もう』


 女性はとっとと座り、肩に掛けていた保温ポットをテーブルに置いた。


『こればっかりは雪から作れない。中身は紅茶だ。熱いから気をつけるんだよ。甘くしてあるからね』


 ポット付属のコップに紅茶を注ぐと、あずきの方に押す。


『さぁ飲みな。温まるよ』


 あずきは素直にコップを手にした。

 ふぅふぅ冷ましながら紅茶を飲む。

 熱い。でも美味しい。


『あたしはここの試験官のヒルダ。みんなからは氷姫ひょうきって呼ばれてる。見ての通り次のステージはこの雪山だ。普通はこの一連の最終試練でそれぞれの属性の力を入手するんだが、あんたは既に持ってるだろう? だからあんたの場合、手持ちの水の精霊がパワーアップすることになる』

「戦えないよ……」

『なぜ?』


 ヒルダがキョトンとした顔であずきを見る。


「だって、人じゃないですか。下手したら大怪我しちゃいます」

『あっはっは。優しいね、あんた。でも心配はいらない。あたしがこんなナリをしているのは普段から街に行って遊ぶのが好きだからさ。内実としてはイフリート同様、あたしは精霊の類に入る。人間じゃない。極端な話、首を落としたって死にはしない。ちょっとやそっとのことじゃ怪我一つ負わないよ。イフリートだってそうだったろ?』

「そっか。まぁそういうことなら……やります」

『うんうん、そうこなくっちゃ!』


 あずきが立ち上がると、ガーデンテーブルとガーデンチェアが崩れて雪に戻る。


 ヒルダが右手の人差指を立て、その場でクルっと回すと、あずきとヒルダを中心に、直径二百メートル程の青い円が描かれた。

 雪上に魔法で描かれた青い円だ。


 よく見ると、円の向こう側が微妙に揺らいでいる。

 オーロラに包まれたように感じさえする。

 

『見えるかい? これがあたしの試練における設定範囲だ。結界になっていて、試練が終わるまでそこから出られないって寸法だ。薄っすら透けて見えるけど、ぶつかったらそれなりに痛いから気をつけな。そして今回の課題は……。あたしを倒すことではありませーーん! 驚いた?』

「……は? じゃ、何をしろって言うんですか?」


 唖然とするあずきにヒルダがニヤニヤ笑って答える。


『試練の内容はその人のレベルによって変わるのよ。ほら、イフリート戦であんたが与えられた試練の内容。あれだって、ここにある溶岩を使って百体の炎の像を作れとか、千本溶岩ノックとか。あんたの今回の課題は威力と正確さの制御。この先、対人戦闘もあるでしょ。でも殺しちゃダメな場合もあるよね? そういうときは、パっと見ただけで的確な場所に的確な魔法を放つ必要がある。単純に魔法弾を放つんじゃなくって、眠らせたり痺れさせたりとかね。だから……』


 ヒルダはふところから紙風船を出した。

 それをその場で膨らませ、額に貼り付けた。


『可愛いっしょ、これ。街の雑貨屋で見つけたんだ』


 ボーイッシュでカッコいい高校生が、額に紙風船を付けて胸を張っている。

 実にシュールだ。


『この紙風船だけを壊すこと。あんたはあたしを普通の人と思って、怪我させない威力でこの紙風船だけを的確に攻撃する。要は、気絶させて相手の戦力を無効化するってイメージで戦えばいい。さっきも言ったけど、あたしは頭を吹っ飛ばされても死なない。すぐに再生する。制限時間は三十分。その間、何度でもやり直しが出来る。その間に相手に応じた、的確な威力と正確性を持った攻撃力を身につけるんだ。さぁ行くよ!』


 ヒルダがその場でフワっと浮いた。

 箒を使うわけでもなく、何か別の魔法を使うわけでもない。

 精霊の類だけあって、そうやって浮遊することがさも当然のごとく、ヒルダは五メートルの高さでホバリングした。


「フォルティス ベントゥス(強風)!」


 あずきも箒に跨ると、一気に飛んだ。 

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