第41話 火炎の精霊 2

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。

イフリート……炎の魔神。



「おはぎーーーーーー!!!!」 


 高速で飛ばしている箒は急に止まれない。

 力技で箒の進路を変えて振り返ったあずきの目に入ったものは、溶岩の海に落ちることなく背中に生えた羽根で羽ばたいている飼い猫のおはぎだった。

 自分でも驚いているのか、おはぎがキョトンとした顔でホバリングしている。


「あんた……それ、羽根?」

「うん。なんか生えた……」


 少し赤みがかった黒の毛並みに、コウモリのような漆黒の羽根が一対いっつい生えている。


『よそ見をしている場合か!』


 次の瞬間、またイフリートの火炎弾が雨あられと飛んできた。

 あずきは火炎弾を避けつつ、その場で羽ばたいているおはぎの首根っこを掴むと、箒の柄に乗せた。

 高速でその場を離脱する。


「なんで? いつから?」

「さっき? いや、ちょっと前から背中がムズムズしていたんだけどね? 多分これあれだ。あずきちゃんのパワーアップに応じて使い魔のボクもパワーアップしたんだと思う。あずきちゃんの魔力も流れ込んで、色んなことが出来るようになってるし」

「例えば?」

「あずきちゃんの魔法を中継出来る」

「……それ、使えそうね」

「……だね」


 あずきとおはぎが揃って、悪巧みの表情をする。


『さて。そろそろ五分経つが、もう手詰まりか? ここから更に激しくなるが、現在の力量を測るのが目的だから降参してもいいんだぞ?』


 イフリートが余裕の表情であずきを煽る。


「冗談! 降参なんか絶対するもんか! 最後まで全力でいくよ!!」


 あずきの表情は死んでいない。

 まだまだ戦える。


『よかろう。どんな策を思いついたか知らないが、やってみせるがいい!』


 イフリートはニヤリと笑って、両手をあずきに向けた。


『フレイム バレット(火炎弾)!』


 ここから激しくなると言っていた通り、今度は両方の手から火炎弾が飛んだ。

 単純に片手のときの倍の量だ。 

 まさに、弾幕と呼ぶにふさわしい。

 あずきは慌てて、箒のスピードを上げた。

 

 おはぎが箒の上で何ごとか、ぶつぶつ呟き始めた。

 その目が金色に輝く。

 おはぎの呟きの度に、広間のあちこちに直径一メートルくらいの白い雲が浮かぶ。

 気付いたときには、雲の数が十個を超えていた。

 様子を見ていたイフリートが火炎弾を放ちながら、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

 あずきは短杖ウォンドを強く握った。

 一瞬で杖の内面に接続する。

 暗闇の中に、杖に封じられた四種の精霊が見える。

 火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊がプカプカ浮かんでいる。

 あずきはその中の一つ、水の精霊に手を伸ばした。


 ――ちょっと強い力を使うよ。手を貸してくれる?


 水の精霊がうなずく。


 あずきは箒で飛びながら魔法陣を描いた。

 水の精霊が力を貸してくれているからだろうか。

 心なしか、魔法陣が強く脈動している気がする。


「準備完了!」

「準備完了!」


 あずきとおはぎの声がハモる。


「グラシス テンペスタス デュエット(氷の嵐 連弾)!」


 あずきの詠唱に応じ、魔法陣から氷雪で出来た猛烈な嵐が飛び出した。

 ところが。


 イフリートを襲うはずの氷の嵐は、だがあずきの杖から放たれた途端に跡形もなく消え失せた。

 防御しようと両手を構えたまま、イフリートがいぶかしむ。


「なんだ? 何が起こっている?」


 氷の嵐は、いつの間にか高速で飛ぶあずきの箒の上に配置された白雲に吸い込まれていた。

 次の瞬間。

 氷の嵐が、あずきの動きを注視していたイフリートの頭上から襲いかかった。


『何だと!?』


 イフリートが慌てて頭上に手を向け、氷の嵐の無効化を図る。

 ところが、次の瞬間、今度はイフリートの左から氷の嵐が飛んできた。

 頭上からの氷の嵐がまだ消えきってないのに、別の角度から攻撃が飛んできたのだ。

 避けれるわけもない。

 イフリートの左半身に氷の嵐が直撃する。


『馬鹿な! そんなはずが!!』

 

 イフリートは愕然として、あずきを見る。

 あずきは呪文詠唱を止めていない。

 何発、氷の嵐を放ったのか。

 

 と、今度は後ろから氷の嵐の攻撃を受けた。

 次は下からだ。

 

 いつの間にか、イフリートは白雲に囲まれていた。

 そう。あずきの放った氷の嵐は、おはぎの作った白雲に転移し、ランダムな方角からイフリートを襲っていたのだ。

 しかも、イフリートを襲った氷の嵐は、そのまま直線上の白雲に当たると、今度は別の場所にある白雲から出て再度イフリートを攻撃した。

 

『全方位攻撃だと!?』


 あらゆる方向から同時に氷の嵐が向かってくるのだ。

 いかに魔神とて、避けれるレベルを越えている。

 イフリートは、あずきの放った氷の嵐をモロに食らった。

 食らい続けた。


 やがて攻撃が止んだ。

 

 あずきの息が荒い。

 ここが勝負どころと踏んだあずきは氷の精霊に借りた力を全力で使い切ったのだ。

 

 あずきは箒に突っ伏しそうなほど消耗していたが、気力で姿勢を維持した。

 だが、箒のスピードもガクンと落ちている。


『……参った。降参だ』


 イフリートが両手を挙げる。

 あずきはその声を聞くと、ゆっくり通路に着地した。

 

『ふむ。さすが期待のルーキー。想像以上のレベルに驚きだぞ。良くやった。どれ、わたしを打ち負かした初心者魔法使いビギナーに褒美を取らせよう。受け取るがよい』


 イフリートが右手の人差指をあずきに向かって伸ばした。

 そこから小さな火の玉が、ゆっくりあずきに向かって飛んでくる。

 あずきは短杖ウォンドをイフリートに向けた。

 なぜか、そうするのが正しい行いだと思ったのだ。


 火の玉は、スっとあずきの杖に吸い込まれた。

 杖の柄の部分にハマった青い宝石、ゴーレムのコアが脈動する。

 

『お前が従えている火の精霊は更なるパワーアップを果たした。我が火の試練はこれにて終了だ。次の試練に向かうがよい』


 見る間にイフリートの姿は薄れ、空気に溶けた。

 火の精霊界に戻ったのだろう。

 あずきはそれを見届け、通路を歩いて転移陣に向かった。

 おはぎも一緒に通路を歩く。


「……ね、おはぎ。あんたのその羽根、生えっぱなし?」

「ううん。自由に出し入れ出来るみたい。日本に戻っても問題無いよ」

「そか。なら良かった」


 あずきとおはぎは転移陣に乗った。

 次の瞬間、転移陣は光を放ち、あずきとおはぎを別の空間へと転移させた。

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