第40話 火炎の精霊 1

 転移の時間は一瞬で、気付いた時には、あずきは洞窟に立っていた。

 あずきは油断無く周囲を見回した。

 全面、土。

 どうやら土をくり抜いて作った洞窟の中に運ばれたようだ。


 前方、洞窟の奥に光が見える。

 そちらに進めということなのだろうが、洞窟内は転移した段階で既に蒸し暑く、ムワっとした熱気が立ち込めている。

 見る見るうちに、あずきの額に汗が噴き出てくる。

 どう見ても、前方の光がある場所が熱気の源泉なのだろう。


「……暑くない?」

「魔法で涼しくしてよ」

「ふむ」


 あずきは懐から杖を取り出すと、素早く魔法陣を描いた。

 

「フリーグス ネブラ(冷気の霧)」


 あずきの周囲の気温がグっと下がり、汗が一瞬でひく。

 初心者の館で初めて魔法に触れたときと比べ、発生速度が格段に早くなっている。


「効果範囲は三メートル程度だからね。それ以上離れちゃダメよ」

「分かった」


 あずきは油断なく杖を持ったまま洞窟を奥まで進んだ。

 と、しばらくして広大な広間にぶち当たった。

 二百メートル四方くらいの空間だ。

 道は更に広間の真ん中辺りまで続いている。  


 あずきの予想通り、幅二メートル程の道の下は全て溶岩で、ボコボコと泡立っている。

 落ちたら即死だろう。


 ――とはいえ、初心者を死なせるわけにはいかないから、何らかの救護措置は施してあるはずよね。でも、これを見る限り、失敗したら病院の集中治療室に運び込まれるレベルの大けがは負いそう。それは勘弁願いたいな。


 道の突端まで行くと、頭の中に声が響いた。


『……準備はよいか』


 あずきは杖を握りしめ、丹田たんでんにある魔法核コアを全開で起動させた。


「OK、いつでもいらっしゃい!」

『我が名はイフリート。炎の魔神。十分間、我が攻撃をしのいでみせるがよい!』


 目の前、十メートル先の溶岩が盛り上がり、人型ひとがたになった。

 人型と言っても、その身長は五メートルを超えるだろう。

 翼が生えた悪魔といった出で立ちで、その全身から炎が噴き出している。

 そのまま浮かび上がり、あずきより高い位置に来る。


 ――近接戦闘になったらこっちの服が燃えちゃいそう。ってことは、求められているのは、遠距離からの魔法弾の撃ち合いってことよね。

 

『フレイム バレット(火炎弾)!』


 イフリートがあずきに対し、右の手のひらを向ける。

 次の瞬間、直径三十センチはありそうな火炎弾が、雨あられと飛んでくる。

 

「ディミティス(解放)!」


 あずきは入り口に向かって走りながら、箒を取り出した。

 そのままおはぎと一緒に箒に飛び乗る。


「フォルティス ベントゥス(強風)!」


 ――恐れるな! わたし!!


 あずきは躊躇ためらうことなく一気に通路を外れ、溶岩の煮え立つ広間の上空を高速で飛んだ。

 壁にイフリートの放った火炎弾が次々とぶつかる。 

 耐火魔法が掛けられているのか、これだけ火炎弾がぶつかっても壁は崩れない。

 あずきも飛びながら魔法陣を描く。


「グラシス サジータ デュエット(氷の矢連弾)!」 


 あずきの描いた魔法陣から、氷の矢が次々と飛ぶ。

 イフリートは試験官だからか、広間の中央から動かず、あずきの攻撃の手口をジっと見ている。


 あずきは遠慮なく、イフリートを中心に円を描くように飛び、マシンガンのように氷の矢を絶え間なく撃ち続けた。

 だが、避けるつもりが無いのか、イフリートはあずきの攻撃を全て手のひらで受けた。

 見ている限り、ダメージは無さそうだ。


 ――この程度の氷の攻撃なら避けるまでも無いってことか。さっすが炎の魔人!


『なかなかやるな。ではこれも追加するとしよう。避けきれるかな? フレイム ピラー(炎の柱)!!』

 

 今度は溶岩の海を割って、天井に向かって柱が次々と立った。

 あずきの進路を予期しての攻撃だ。

 たちが悪い。


 あずきは速度と移動に緩急を付け、避けた。

 そうしながらも、イフリートの放つ火炎弾攻撃は続いている。

 集中力を切らせたらアウトだ。


「どうする? こっちの攻撃は効かない、あっちの魔力は無尽蔵。十分間だけもたせればいいとはいえ、キツくない?」

「今考えてる。……矢でダメなら!!」


 高速飛行を続けながら、あずきはまた魔法陣を描いた。


「グラシス テンペスタス(氷の嵐)!」


 あずきの描いた魔法陣から出た無数の氷雪の塊が一瞬で巨大な嵐となってイフリートを襲う。


『ほぉ』


 イフリートは、いったん攻撃を中止し、両手をあずきの方に向け、攻撃をガードした。


「効いた?」

「いや、ダメだよ。全部手のひらに施されたガード魔法でかき消されてる。正面からの攻撃は効かないよ!」

「死角から攻撃しろって? 無理よ、あれの後ろに回り込むのは! 近づくのも厳しいんだから!」


 その時だ。


「痛っ!!」


 あずきの背中に激痛が走った。 

 思わず、あずきの呼吸が止まる。

 

 ――高速で飛んでるのに後ろからの攻撃なんてあるわけない!

 

 痛みをこらえて振り返る。

 跳弾だ。

 イフリートの火炎弾が壁にぶつかった衝撃で、弾けた火花が偶然背中に当たったのだ。 

 大丈夫、この程度の痛みなら耐えられる。

 あずきは痛みを堪え、向き直った。

 ところが。

 

 ――おはぎがいない?


 箒の先端に鎮座しているはずの黒い姿が見えない。 


「あずき……ちゃん……」


 あずきは箒で飛びながら、慌てて振り返った。

 跳弾の衝撃でおはぎが箒から落ちたのだ。

 呆然とした表情のまま、おはぎが溶岩に向かってゆっくり落ちていく。


「おはぎーーーー!!!!」


 あずきは絶叫した。

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