第43話 氷姫ヒルダと雪上訓練 2

「フランマ サジータ(炎の矢)!」


 あずきは箒で飛びながら、ヒルダに向かって炎の矢を放った。

 ヒルダの額に当たると思った瞬間、ヒルダがヒョイっと首をかしげた。

 矢がそのまま飛んで虚空に消える。


「避けたー?」

『そりゃ避けるよ。言っとくけど攻撃もするからね。あんたはそれを避けながら的確な威力の一撃を放つ。そうじゃなきゃ試練にならないだろ? ちなみにさっきの炎の矢だと火傷するね。当たっても良かったけど、スプラッタは見たくないだろ? しっかりコントロールしな。さ、今度はあたしの番だ』

 

 ヒルダが右手を指鉄砲ゆびでっぽうの形にした。


『バン!』

 

 ヒルダの人差し指から、直径十センチ程の雪玉が飛び出した。

 あずきは箒に乗ったまま余裕で避けた。

 ところが。

 ヒルダの雪玉は、ホーミングしてあずきのお尻に当たった。


「あ痛っ!」

『バン! バン! バン! バン!!』

「痛っ! ちょっ! あぁ! 痛いってば!」


 避けても避けてもホーミングしてきて、ことごとく、あずきの尻に当たった。


『おいおい、速さと硬さを子供の雪合戦レベルにしてあるんだから痛いはずが無いよ。頑張って避けな!』


 ヒルダの言う通り、痛くは無かった。

 ただ、乙女のお尻に雪玉を、しかも連続してぶつけるという無慈悲な攻撃に、あずきの怒りはあっという間に頂点に達した。


「フランマ サジータ デュエット(炎の矢連弾)!」


 あずきの杖から炎の矢が連続で飛び出す。

 まるでガトリングガンだ。

 心なしか普段より威力が倍増している気がする。

 

 炎の矢がヒルダに当たってその上半身が吹っ飛んだ。


「ひぃぃぃぃ!」


 あずきがキレているのを見て、おはぎがドン引きする。


『だからダメだって。それじゃ相手が死んじゃうよ? 逆、逆。威力を殺すの』

「後ろ!?」


 声に慌てて振り返ると、ヒルダは真後ろにいた。

 炎の矢が当たったはずのヒルダを見る。

 氷像だ。

 

 ――してやられた!


「アグニ ステラ(火の星)!」


 振り向きざまに呪文を唱えたあずきの杖から、火炎弾が飛ぶも、ヒルダは鼻歌交じりに火炎弾を避ける。

 と、またあずきのお尻に雪玉が当たる。 


『冷静になりなさいって』

「うるさい、うるさーい!!」


 あずきは火炎攻撃を行い続けたが、そのことごとくが、空振りし続けた。

 肩で息をし始めたあずきを見て、杖の上のおはぎが振り返って助言する。


「一回落ち着こうよ、あずきちゃん。これじゃ相手の思うつぼだよ?」

「おはぎ! お尻に雪玉をぶつけられ続けた乙女の屈辱があんたに分かる?」

「そりゃ分からないけど、根本的に構成を変えないといつまで経ってもからかわれ続けるよ?」

「じゃ、どうしろってのよ!」

「罠を張ろう。向こうは一人だけど、こっちは二人だってこと、忘れないでよ?」


 あずきたちが作戦会議をしだしたのを見て、ヒルダは空中浮遊を止め、地上に降りた。

 ヒルダはふところからスーパーやコンビニで入手できそうな白いビニール袋を取り出すと、その中から青や白、黄に緑と色々な色の小さな何かを取り出して、せっせと雪に撒いた。

 そして、何ごとかを呟きながら右手の人差指を雪面に向けると、ボコっと雪面が盛り上がる。

 その様子は、雪の下で生まれた何かの植物が雪を割って顔を出すかのようだ。

 

 モコモコモコモコ……。


 だがそれは、植物ではなく雪の塊で、見る見るうちに雪だるまに変化した。

 つぶらなその目は、ペットボトルのフタだ。

 ヒルダは、ペットボトルのフタを撒いたのだ。 


 生まれた雪だるまは一体では無かった。

 身長一メートルはあろうかという雪だるまが十体もいる。


『そろそろ作戦会議は終わったかい?』


 ヒルダの声に振り返ったあずきとおはぎは雪だるまの大群を見て唖然あぜんとした。

 ヒルダのやることだ、単純に雪だるまを作ったとは思えない。


 ――絶対こいつら動く!


『じゃ、戦闘再開ね。雪だるまたち、行きな!』


 ヒルダの命に従い、雪だるまが一斉に動き出した。

 滑るような移動で、真っ直ぐあずきの方に向かってくる。

 飛べはしないようだが、子供の駆け足程度の移動速度はある。

 馬鹿に出来ない。


 ペットボトル製の、つぶらな瞳を持った雪だるまの群れがあずきに迫る。

 と、その口がガパっと開いた。

 

 プププププ!!


 十体の雪だるまの口から、マシンガンのように、一斉に雪玉が吐き出された。

 あずきは慌てて、箒を発進させた。

 スピードを上げて、雪だるまとの距離を取ろうとする。

 

 と、いきなり雪だるまの移動スピードが上がった。

 滑るどころか、既に滑空だ。

 

 滑空して、あずきを追いかける雪だるまの群れ。 

 しかもその全てが、口から高速で雪玉を吐き出している。

 シュールなことこの上ない。


「追いつかれるよ、あずきちゃん!」

「分かってる!」

 

 あずきが箒を高速で飛ばしながら目の端でヒルダを見ると、こちらをニヤニヤしながら見ている。

 瞬間的にカっとなる。


 ――絶対負けないんだから!


「おはぎ、作戦、大丈夫ね?」

「まーかせて!」

 

 おはぎがぶつぶつ呟き出す。

 あずきも箒を自動飛行にし、短杖ウォンドの中に心を潜らせた。

 あずきはいつものように暗闇の中で光を放つ四種の精霊と対話するべく内面に潜ったが、火の精霊に手を伸ばそうとしてその手が止まる。


 あんた……太った?

 火の精霊だけ、他の精霊と比べて明らかに一回り大きい。


 形も変わっていた。

 今まで精霊たちは、それぞれの色の着いた球にしか見えなかった。

 だが、今の火の精霊は、赤い玉からトカゲのような形に変わっている。

 トカゲ型になった火の精霊が、つぶらな瞳であずきを見る。


 ――そっか、イフリートの力が宿ったからか。ね、火の精霊さん。助けてくれる?


 あずきは再び、火の精霊に向かって手を伸ばした。


 一瞬の対話を終え意識が戻ったあずきは、短杖ウォンドで素早く魔法陣を描いた。

 箒を急停止し、雪だるまの群れに向き直る。


「フランマ パリエース オーベックス(炎壁結界)!」

 

 ゴォッ!!


 あずきの描いた魔法陣から出た大量の炎が、高さ五メートルを超える炎の壁となって左右に伸びていく。


 雪だるまの群れは炎の壁に突っ込み、そのまま溶けた。


『ヒュウ!』


 ヒルダが思わず口笛を吹いた。


『やるねぇ。で、どうする? 雪だるまは対象外だからやっつけちまっても構わないが、目的はあたしの、このおでこの紙風船を割ることだよ? 忘れちゃいないかい?』

「忘れて……ない!」


 いつの間にか、あずきの放った炎の壁が一周し、直径100メートルの円となっていた。

 ちょうど、ヒルダの作った直径二百メートルの訓練用結界の内側に出来た形だ。


『む! 炎壁結界か?』


 氷姫だけあって炎が苦手なのか、ヒルダは両手で顔を庇うと、浮遊して上空に逃げようとした。

 その瞬間、ヒルダのすぐ脇の地面に小さな火の塊が落ちた。

 まるで、線香花火の最後のような、小さな小さな火の粒。

 地面に着いた途端に雪と混じってジュっと消える。


 ヒルダは呆然と空を見上げた。

 頭上五十メートルという不自然な高さに雲があり、そこからポツポツと火の雨が降っている。


『何だ、これ……』


 次の瞬間、ヒルダの横から飛んできた小さな火弾が、ヒルダのおでこの紙風船を吹 っ飛ばした。

 割られた紙風船の欠片が雪面にポサンと落ちる。


『……なるほど。主人の炎壁結界の一部を使い魔の雲に転送し、火の雨を降らせたか。それに気を取られたすきを付いての攻撃。合格だ』


 その声を聞き、炎壁結界と雲が霧散する。

 ヒルダが右手をあずきに向けて、指鉄砲ゆびでっぽうのポーズをする。


『受け取りな。バン!』

 

 指鉄砲から雪玉が発射される。

 あずきはそれに向かって短杖ウォンドを差し出した。

 雪玉が短杖に吸い込まれると、杖の柄の部分にハマった青い宝石、ゴーレムのコアが微かに脈動した。


『あんたの水の精霊はこれでパワーアップした。あたしの水の試練はこれで終了だ。次の試練が待ってる。また会おう』


 ヒルダが笑って手を振った。

 あずきも手を振り返した。

 次の瞬間、あずきはまた転移した。

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