第33話 隠れ里を抜けて 3

 あずきの杖から発した光がまゆへと変わり、あずきを包み込んだ。 

 次の瞬間、あずきは繭に包まれたまま、一瞬で高度五百メートルの高空に運ばれる。 

 だが、あずき自身はまだ横たわった状態のままだ。

 指一本動かせない。


 光の繭の中で、あずきの周囲を赤、青、緑、黄、四つの光が激しく飛び回る。

 あずきの杖から飛び出した四種の精霊、すなわち、火の精霊、水の精霊、風の精霊、地の精霊だ。

 

 『解毒……成功!』

 『麻痺解除……成功!』

 『睡眠解除……成功!』

 『混乱解除……成功!』

 『治癒発動……成功!』

 『魔法核コアへのエネルギー注入……成功!』

 

 あずきの下腹部、丹田たんでんにある魔法核コアが激しく脈動し始め、同時に頭のモヤが一気に晴れていく。

 あずきの目がゆっくりと開く。

 頭の中がクリアになり、瞳に意思の力が戻ってくる。


 あずきの覚醒と同時に、光の繭が弾け飛んだ。

 風があずきの服を激しく、はためかせる。


「ディミティス(解放)!」


 あずきは高度五百メートルの上空から自由落下しつつ、魔法陣から箒を引っ張り出すと、そのまま箒にまたがった。


 あずきは周囲を見回した。

 山なみに見覚えがある。 

 移動した感じでは無い。 

 だが、肝心のレモラの花畑が、どこにも見えない。

 あんなに綺麗だった瑠璃色の絨毯の姿が全く見えない。

 森の中に、少し拓けた野原があるだけだ。

 その中央で、巨大な何かがうねうね動いている。

   

「ディプレーンショ(探知)!」


 おはぎの気配を探る。


 ――真下ました


 まさに、あずきのいた辺りに気配を感じる。

 あと一つ、強力な敵意むき出しのオーラを感じる。

 これが敵で間違いないだろう。

 

 ――待って。花畑で観光していた人たちは? 同じタイミングで補食されたならまだ生きているはず。なのに、おはぎと敵以外の生体反応を全く感知出来ない。

 

 レモラの花畑は無かった。

 

 ――ということは、あそこにいた観光客もソフトクリームもみんな幻? どこからが夢? いつから敵の術中にハマっていた? ううん。考えるのは後。今はおはぎの救助が最優先。今助けるから!!


 あずきは箒に跨ったまま、それまで激しく稼働していた魔法核の動きをいきなり止めた。

 あずきの使っていた全ての魔法が強制終了する。


 ――敵には知能がある。こちらを騙し切るだけの能力もある。わたしより遥かに上手うわてだ。なら、予想も付かぬ行動で敵の思考を上回らなくちゃ。

 

 魔力を切ったせいで箒がただの竹箒に変わり、あずきはキリモミ状態になって落下した。


 みるみるうちに、地表が迫る。

 地上五十メートル。ちょうど敵の身長くらいの高さであずきは一気に魔法核を起動し、水平飛行に入った。

 あずきの強引な姿勢制御に、箒がミシミシ悲鳴を上げる。


 あずきは目を見張った。

 そこにいたのは、樹と生物の中間のような存在だった。

 中央の幹は、直径二十メートルはあるだろうか。

 その高さ五十メートルの位置。てっぺんに顔がある。

 といっても、そこにあるのは口だけだ。


 口の中には牙がびっしりと生え、その中は樹液なのかよだれなのか、何らかの液体でぬらぬらと輝いている。

 口の周りでは、触手が蛇のような動きでうごめいている。

 

 幹の周囲には一個二メートルはありそうな壺状の捕虫袋、ならぬ捕人袋が幾つもぶら下がっていた。

 この中に捕まえた獲物を入れて、ある程度柔らかくなるまでじわじわと消化するのだろう。

 

 一つ破れているのは、そこにあずきが居たからだ。

 おそらく、この中のどれかにおはぎもいるはず。 


 手足扱いなのか、幹から伸びた直径五十センチ程の触手が無数にうねうね動いている。

 あずきは、敵がどういう感覚器官を使ってか分からないが、確実にこちらをターゲッティングしているのを感じ総毛だった。

 

 ――見られている! こいつ、見た目には口しかないその顔で、確実にこちらの姿を捉えているっていうの?


 ゲプっ。


 樹の口が、息を吐き出す。

 周囲に甘い匂いが充満する。


 ――これだ。これに幻惑作用があるんだ。吸っちゃ駄目!

 

「ベントゥス パリエース(風の壁)!」


 あずきは箒で飛びながら風を纏った。

 瞬時に現れた風の壁によって、幻惑の香りが弾かれる。


 効果が無いことに気付いたか、触手が勢いよくあずきに向かってくる。

 匂いが効かないことに気付いて、直接捕獲する算段に切り替えたのだろう。


 あずきは緩急をつけてジグザグに幹の周りを飛んだ。 

 触手の動きが思った以上に素早い上に本数が多いから、避けるのが大変だ。

 次に捕まったら、今度こそ緊急避難すら封じられて消化されるに違いない。

 だが、この触手を縫って接近しないと、おはぎの救助が出来ない。


 あずきは距離を保って幹の周りを箒で飛びながら、再探知した。

 捕人袋に反応が一つ。

 高速で飛びながら、あずきは右手に持った杖を捕人袋の一つに向けた。

 

「ベントゥス ラーミナ(風刃)!」


 杖から風の刃が幾つも飛ぶ。

 狙いをあやまたず、風の刃は目当ての捕人袋の底部を切り裂いた。


 破れた捕人袋から、大量の液体と共に黒い小さな塊が落下する。

 あずきは箒のスピードを上げ、無事おはぎをキャッチした。


「おはぎ? おはぎ! 大丈夫?」


 あずきは箒を高速で飛ばしながら、溶解液でびしょ濡れのおはぎを抱っこする。


「……あれ? あずきちゃん? ごめん、ボク寝過ぎちゃってたみたいだ……」

「良かった。溶けきってなかったようね。サニターテム(治癒)!」


 おはぎの身体を癒しの波動が包み込む。

 途端におはぎの目がパチクリする。


「あずきちゃん? 何が起こって……うわ! あれ、食人植物『ヤ=テベオ』だ! しかもまぁ随分と育っちゃって。何が起こってるの?」

「話は後。さぁどうしよっか」


 おはぎを取り戻されたからか、攻撃を受けたからか。食人植物ヤ=テベオの怒りの波動が伝わってくる。

 と同時に、ありったけの触手があずきを捕獲しようと迫ってきた。

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