第34話 隠れ里を抜けて 4

 あずきが幹の周りを高速で飛びながら敵の動きを観察していると、見る見るうちに、迫る触手の至るところに花が咲き始めた。

 あっという間に木全体に、白い花が満開に咲き誇る。

 

 ――綺麗……。

 

 あずきは思わずその真っ白な花に見惚れた。

 ところが。

 

 あずきに向かって花から次々に、何かの液体が飛んだ。

 

 じゅっ。

  

 液体が落ちた地面が白く泡立つ。

 おはぎの顔からサっと血の気が引く。


「溶解液だ! 逃げて!! ボクらが浸かってたやつより遥かに強力だよ! 絶対に浴びちゃダメだ!」


 おはぎの声が悲鳴を帯びる。

 溶解液を吐く花がたくさん付いて、より凶悪になった触手が、あずきを追ってきた。

 それに対し、あずきは高速飛行を維持しながら振り返って杖を後ろに向けた。


「アグニ ステラ(火の星)!」


 杖から出た火球が音を立てて幾つも尾を引いて飛ぶと、あずきを追う触手に次々と当たり爆発する。

 だが、触手は数が多い。

 一本や二本焼かれた程度では、大勢に影響は無いようだ。


「あずきちゃん! 前からも来るよ!」


 おはぎが悲鳴を上げる。

 触手が束になって、前方から押し寄せる。

 あずきは杖を前に出し、素早く魔法陣を描いた。

 体内の魔法核コアから噴出した魔法の炎が一瞬で杖の先に集約する。


「フランマ テンペスタス(炎の嵐)!」


 魔法陣から勢いよく飛び出した炎の奔流ほんりゅうが、巨大な渦となって前から向かってきた触手の群れを一瞬で消し炭に変えた。


 あずきの前方、遥か先まで、直径一メートル程度の空白地帯が生まれる。 

 あずきは箒の上で身を屈めると瞬間的に箒のスピードを上げ、触手の無くなった空白地帯を一気にくぐり抜けた。 

 

 飛びながら、横目で食人植物ヤ=テベオの本体を見る。

 本体近くの触手がダメージを物ともせず、うねうね元気に動いているのが見える。 

 触手が何本あるのか分からないが、この程度では戦意を削ぐことは出来ないようだ。

 

「どうする? このままじゃ、ジリ貧だよ?」

「よし! 精霊の力を借りよう!」


 あずきは一瞬で精霊との対話モードに入った。

 暗闇の中でふよふよ火の塊が浮いている。


 ――お願い、わたしに力を貸して。

 

 精霊がゆっくり近づいてきて、あずきが差し出した手に乗った。


 あずきは目を開いた。

 対話の時間は一瞬に過ぎなかったが、その一瞬で身体中が火の魔法力で満たされている。

 

 あずきは箒を急停止させ、その場にホバリングすると、右手を振りかぶった。

 見る見るうちにあずきの右側に、炎で出来た巨大な手のひらが出現した。

 長さ二メートルもの指を持つ巨大な手だ。


「アグニデウス マヌス(火神の手)!」


 あずきは食人植物に向かって、真っ直ぐ右手を伸ばした。

 あずきの動きに合わせて巨大な炎の手のひらが一直線に食人植物のところまで伸びていき、その幹に手を押し付けた。

 途端に食人植物が発火し、盛大に燃え始める。


「よし、今のうちに逃げよう!」


 あずきは燃え盛り、苦しそうにツタを振るう食人植物を置き去りにし、飛んだ。


「ちょっとちょっと、いいの? 下手すると山火事になっちゃうよ?」

「いいの! 今はあんたの治療が先! 溶解液を落とさないと、あんたハゲちゃうわよ!」

「えぇ? そりゃ困る。水場のありそうなところへ急げー!!」


 ◇◆◇◆◇ 


 三十分ほど飛んで、山中に滝と水場を見つけたあずきは、スピードを緩めることなく箒ごと水に突っ込んだ。

 あずきは勿論、おはぎも一緒だ。


「がばばばばばばば!」


 慌てておはぎが水面に出てくる。

 頭からびしょ濡れになったあずきが、必死に泳ごうとするおはぎの首の肉をつまんで持ち上げると、歩いて岸から上がった。

 

 「カリドゥマ エレム(温かい風)!」


 あずきが歩きながら温風を身に纏うと、見る見るうちに髪や服が乾いていく。

 濡れネズミだったおはぎの身体も、あっという間に乾いていく。


 あずきは川岸の岩場に腰かけると、袖から裾から、着ている服を丹念にチェックし始めた。

 そんなあずきに、おはぎが声を掛ける。


「食人植物の溶解液のせいで所々傷んじゃってるね、やっぱり」

「ショックー。貰ったばっかりの制服なのになぁ……」


 あずきがため息をつく。

 おはぎが尚も話しかける。


「ねぇ。あれ、ホントに良かったの?」

「火事のこと? あぁ、あれはすぐ消えるから大丈夫よ」

「どうやって? あの辺り、水場なんて無かったよ?」


 あずきは一瞬黙り込んでから、口を開いた。


「ねぇおはぎ。気付いてた? ……わたしたち、観察されてるよ」

「は?」


 おはぎがキョトンとした顔をあずきに向けた。

 次の瞬間、おはぎが慌ててキョロキョロ辺りを確認し始める。


「観察? 誰に?」

「月の女王。もしくはその手下の人とか」

「何で?」

「ほら、奈々お姉ちゃんが『初心者魔法使いビギナーは貴重』って言ってたでしょ? やっぱり現代において、若い魔法使いは少ないのよ。そんな初心者を、いくら試練だからって命の危険に晒すようなことすると思う? 死んじゃったら元も子も無いじゃない?」


 おはぎが顔をしかめて考える。


「この試練は、初心者魔法使いに対して決して過度な危険が及ばぬよう、誰かがどこかからコントロールしている。そう言いたいんだね? あずきちゃんは」

「そう。だって試練の旅が昔から連綿と続いてきているイベントなら、それを管理する団体なりが絶対いるはずでしょ? その動向を観察して、命の危機があるときにはこっそり介入する。死なれちゃ困るもん。ここまでの旅でも介入としか思えないようなことがあったから間違いないわ」

「確かにそれはあるかもしれないけど……。あぁ、山火事なんか、観察者が許さないか。なるほど、それなら納得だ」


 あずきは一つ、伸びをした。


「じゃ、そろそろ行こう。充分に休憩出来たし、こんなところで野宿なんてごめんだわ」

「そだね。了解、行こう!」


 あずきが箒に跨ると、おはぎもひょいっと柄に飛び乗った。


「フォルティス ベントゥス(強風)!」


 ルナリアタウンに向けて、あずきは再び箒で飛んだ。

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