第25話 下水道追跡劇 1

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本と英国のハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。

月宮奈々つきみやなな……二十二歳。東京タウンの婦人警官。序章の主人公。



「ルクス(光よ)!」


 あずきが光を生み出すと、下水道の中が明るく照らし出された。

 驚いたことに、そこには網の目のように地下通路が張り巡らされていた。

 狭い支線でも直径三メートル。本線にもなると、直径五メートルは越えそうなほど広い通路となっている。

 あずきの身長なら、頭をぶつけることなく余裕で歩けそうだ。


 ――地下にこんな世界が広がっているなんて……。


 さすがに下水道だけあってにおいはするし汚くもあるのだが、本線には整備用の通路もしっかり作られているので、そこを歩いている限り、足が濡れるということも無い。


 光のネズミとの接続はまだ繋がっている。

 目を閉じれば、光のネズミの見ている景色を共有出来るのだが、さすがに下水管の中を目を閉じて移動することは出来ない。

 ソナーだけ共有して、目はしっかり開けておく。 

 幸い、そんなに遠くなさそうだ。


「複数の気配がするね……」


 肩に乗ったおはぎのささやきにそっと頷いたあずきは、懐から杖を取り出すと、目の前に素早く魔法陣を描いた。


「オブスキュリタス オクーロス(暗闇の目)!」


 あずきの目が薄っすら光る。

 暗闇でも物が見えるようにしたのだ。

 あずきは浮いていた光の塊を消すと、ゆっくり歩きだした。


 ◇◆◇◆◇ 


 二十分ほど下水道を歩いただろうか。

 光のネズミは光量を落とした上で、捜査対象のすぐ傍に待機させてある。


 ――もうすぐそこだ。


 目を閉じ、光のネズミと感覚を共有する。

 まぶたの裏に浮かんだ映像は、モコモコの毛皮に包まれたぬいぐるみのような容姿をした、身長三十センチほどの生き物だった。


 ――ブラウニーだ……。でも、なんでこんなところに?

 

 サマンサの授業で習った、森の隠れ里に住む種族、ブラウニー。

 木工細工や鍛冶が得意で、基本的に大人しい生活を送っている。


 ブラウニーは成人でも身長五十センチ程度にしかならないが、このブラウニーは三十センチ程しかない。

 推察する限り、かなり若い。

 ひょっとすると、あずきと大差ないかもしれない。


 だが、迷っていてもしょうがない。

 このブラウニーが老婦人のネックレスを盗んだことに変わりは無いのだから。

 

 ――よし、やるか!


 光度を限りなく落としていた光のネズミを一気に明るくさせた。

 ブラウニーの周囲が一瞬で昼間並みの明るさになる。

 

 あずきが駆け寄ると、そこに、左腕で目を庇った二匹のブラウニーがいた。

 窃盗犯の後ろに、より小さなブラウニーがいて、窃盗犯にしがみついている。

 

「誰だ!」


 手前のブラウニーが左腕で光を遮りつつ、誰何すいかの叫びと共にあずきに向かって何かを投げた。

 

 ――ヤバい!!


「アクア パリエース(水の壁)!!」


 その場に急いで伏せたあずきの前に下水が飛び出し、分厚い壁を作る。

 あずきに届く前に下水で勢いを殺された投擲とうてき武器が、ゴトンと音を立ててその場に落ちた。

 鈍く光る刃。

 斧だ。


 ――あっぶなー!

 

「ルクス カルチェレ(光の牢屋)!」


 辺りを煌々こうこうと照らしていた光のネズミがはじけて、窃盗犯のブラウニーを一瞬で床に縛り付けた。

 苦鳴の声があがる。

 小さな方のブラウニーが駆け寄り、光の網を解こうと必死に引っ張るも、変化は無い。


 小さい方のブラウニーの顔が光に照らされる。

 その顔はかなり幼い。

 

 光の拘束が解けないと分かって、小さいブラウニーが、今度はあずきに向かって泣きながら懇願する。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! お願い、お兄ちゃんを離して! もうしません。許してください!」


 女の子の声だ。

 あずきが呆然と立ち尽くす。


「……この子たち、兄妹きょうだいみたいだよ」

「兄妹?」

「……どうする? これ」


 あずきとおはぎは困惑の表情で顔を見合わせた。


 ◇◆◇◆◇ 


 あずきが警察署に戻ると、ちょうど老婦人が奈々から事情聴取を受けているところだった。


「ちょっと待っててね、あずきちゃん。今、被害届を書いているところだから」


 老婦人がこちらを見て、軽く頭を下げる。 

 あずきは一瞬逡巡しゅんじゅんした後、思い切って老婦人に声を掛けた。


「おばあさん、被害届、待って貰っていいですか!」

「え?」


 署内の視線が一斉にあずきに集まる。


「お探しものは、これ……ですよね?」


 あずきは老婦人に向かって右手を差し出した。

 あずきが握りしめていた拳をゆっくり開くと、その手に緑色のネックレスが乗っていた。


「まぁ!! それ、あなたが取り戻してくれたの?」

「あずきちゃん、あなた……」


 老婦人と奈々が同時に声を挙げる。


 あずきからネックレスを受け取った老婦人が、ネックレスをしっかりと胸に抱きしめた。

 涙が一筋、その頬を伝う。


「亡くなった主人がくれた大切なネックレスだったの。あなたが取り返してくれたのね? ありがとう!」


 感極まった老婦人があずきの手を握る。

 その温かい手から、感謝の感情が伝わってくる。

 あずきはストレートに感謝の波動を受け取り、照れて微笑んだ。

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