第26話 下水道追跡劇 2

「出ておいで」


 あずきは背後に向かって声を掛けると、柱の陰に隠れていたブラウニーが二匹、おずおずと出て来た。

 何が起きたかと、署員が集まってくる。

 ブラウニーが慌ててあずきの足にしがみつく。


「この子たち、半年前の交易で置いてけぼりになってしまったらしいんです。そして、戻ることも出来ず、ここの下水道に住み着いていました。以来、いけないことと知りつつ、生きる為に窃盗を繰り返していたみたいです。ごめんなさい。この子たちに代わってわたしが謝ります」

「あずきちゃんが謝ることじゃないでしょ? ブラウニーちゃんたち、反省してる?」


 しゃがんで目線の高さを合わせた奈々の問いかけに、ブラウニーが二匹揃って激しく首を縦に振る。


「細かな被害はまだしも、今回はこちらの奥様が被害届と懸賞金を出されているわ。何もしないというわけにもいかないの。奥様、どうされます?」

「情状酌量の余地ありですし、ネックレスが帰ってきた段階で、被害届は撤回させていただくとして……」


 老婦人が視線を奈々からあずきに移す。


「わたしは西園寺響子さいおんじきょうこ。京都で呉服屋をやっているの。お嬢ちゃん、あなたのお名前を教えてくださる?」

野咲のざきあずきです」

「野咲あずき……。はて、どこかで聞いた気がするのよね、そのお名前。それにあなたのお顔、どこかで……」


 西園寺婦人が考え込む。

 この人、うちのおばあちゃんと同じくらいの歳に見える。ひょっとして……。


「うちのおばあちゃん、オリヴィア=バロウズっていうんですけど、奥様のお知り合いだったりしますか?」

「オリヴィア? あなた、オリヴィアのお孫さんなの?」


 途端に反応がある。

 やっぱりだ。


「どうりで見た覚えがあるはずだわ! オリヴィアが見せてくれた写真に写ってたお孫ちゃん、あの時の赤ちゃんがもう初心者の試練に挑む年齢になったのね。いやぁねぇ。歳をとるはずだわ」


 西園寺婦人が笑う。

 あずきも照れて笑う。


「わたしのところも魔法使いの家系でね。ルナリアタウンの魔法学校にいたときにオリヴィアとクラスメイトだったのよ。ほんと懐かしいわ。今でもたまに手紙や電話でやり取りをしているのよ? あなたが生まれたときも、英国に帰国する前にリチャードと二人して京都の家に寄って、写真を見せてくれたのよ」

「そうだったんですか」


 笑顔で語らう二人の様子を見た奈々が、婦人に何か耳打ちする。

 婦人が頷く。


「あずきちゃん。わたしね、今回の件で懸賞金を懸けていたの。十万ルーン。その半分をネックレスを見つけてくれたお礼としてあなたに差し上げます。これで汽車に乗れるはず。そして残りの半分で、あなたに一つ依頼をしたいの。いいかしら?」

「なんでしょう。わたしに出来ることなら」

「このブラウニーちゃんたちを、故郷に届けてくださる?」

「え?」


 奈々が目を白黒させるブラウニーたちをヒョイっと抱え上げ、テーブルの端に乗せると、テーブルに地図を広げた。


「半年前に交易に来たブラウニーなら、居住地は『ヴェルビアの森』のはず。ここからルナリアタウンに行く途中、『キライリ渓谷』で降りて進んだ先にあるわ。ここ。行ける? あずきちゃん」


 奈々が地図に当てた人差し指を東京タウンから滑らせて、ちょうど中間くらいで止める。


「はい!」

「それと……無茶だけは絶対しないこと! 今度無茶したら、お姉ちゃん本気で怒るからね!」


 奈々が両手の平で、あずきのほっぺを優しく、でも容赦なく挟む。

 奈々の手の圧力で、あずきの口が蛸のように尖る。


「ふわぁい、お姉ちゃん。えへへ」


 ◇◆◇◆◇ 


 そして翌朝。

 あずきは奈々に連れられて駅に来ていた。

 目の前に停まった汽車の煙突から大量の煙が出ている。

 

「これが汽車なんだ……」


 あずきは実は、汽車に乗るのは初めてだった。

 日本にいたときも、TVで見たことはあったのだが、乗ったことはまだ無かった。

 

 ホームで棒立ちするあずきとブラウニーたちを避けるように、人々が汽車に乗り込んでいく。

 起点になっているからか、乗る人は意外に多いようだ。


「あずきちゃん。はい、お弁当よ。汽車の中で食べてね」


 あずきは奈々が買ってきた駅弁の包みを受け取った。


「ブラウニーちゃんたちの分もあるからね」


 奈々がブラウニーに向かって、小さく手を振る。 

 ブラウニーの兄妹が興奮顔でうんうん頷く。

 

「さ、そろそろ時間よ。乗って」

「は、はい」


 奈々に促されたあずきが、乗車扉を通って汽車の中に入った。

 あずきは無事、乗り口のすぐ近くの四人掛け席を確保出来たようだ。

 奈々があずきが開けた車窓まで近寄る。


「あの、お姉ちゃん……」


 ――優しくて、でも時には厳しく叱ってくれ、愛情をたっぷり注いでくれるお姉ちゃん。


 昨夜、あずきは奈々のアパートに泊まらせてもらい、布団の中で一晩中話した。

 一人っ子のあずきにとって、奈々は理想の姉だった。


「何?」


 奈々が微笑む。


「……わたし、飛べたよ、自分の力で」

「あずきちゃん、あなた覚えて……」

「昨夜寝る前に思い出したの。前にも助けてくれたんだね。ありがと、お姉ちゃん」

「ふふっ。お姉ちゃんは妹を助けるものよ? 当然でしょ?」


 奈々が汽車の窓枠越しに、人差し指であずきのおでこを優しくつつく。


 汽笛が鳴る。 

 汽車がゆっくり動き出す。

 

「行ってらっしゃい、あずきちゃん」

「行ってきます、お姉ちゃん!」


 あずきと奈々は互いに大きく手を振った。

 お互いの姿が見えなくなるまで、二人とも、ずっと手を振っていた。


 ◇◆◇◆◇ 


「おかえり。あずきちゃんは旅立ったかい?」

「はい」


 署に戻ってきた奈々を署長が出迎えた。

 制服がはち切れそうなほどデップリと太ったお腹が目立つ。

 いつか制服のボタンが弾け飛ぶと、奈々は署長のお腹を見る度に思う。


「……あずきちゃん、あの時のこと、思い出したみたいです」

「おぉ。そうかね。まぁバロウズの血族だしね。そっかそっか」

「わたし、警察官になって本当に良かった……」

「そうか。それは良かった。またいつか妹分が尋ねてくる日の為に、引き続き頑張ってくれたまえ」

「はい!」


 ――また会いましょう、わたしの大切な妹。


 奈々は心の中であずきの旅の無事を、そっと祈った。

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