第23話 やってきました、東京タウン 1

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本と英国のハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。



 あずきの目の前に、高さ五メートルはありそうな巨大なポールが二本立っていた。

 オールディーズの映画じゃあるまいし、ポール脇には『東京タウン』と書かれた、横幅五メートルはありそうな超巨大看板が掛かっている。

 よりによって、絵柄が『フジヤマゲイシャ』だ。

 とりあえず、あずきにもここが『東京タウン』という名前の街であることは分かった。

 

「ダサっ」

「あずきちゃん……」


 顔をヒクつかせるおはぎを気にせず、あずきはゆっくり箒を進めた。

 

 だが、中に入ってみると、意外と普通の街だった。

 さすがにアスファルト舗装とは言わないが、大通りは石畳が綺麗に敷かれているし、道の両脇には民家や商店が並んでいる。


 ――高度成長期の日本を舞台にした映画があったけど、アレみたい。もしくは、それを模したテーマパークとか?


 事前情報通り、人間ヒューマン月兎族ルナリアンにその他の雑多な種族にと、色々混じって普通に暮らしているようだ。

 車も一応走ってはいるが、そのデザインの古そうなこと古そうなこと。

 あずきはこの街に来て、生まれて初めて三輪自動車というものを見た。


 あずきとおはぎは興味津々といった表情で、キョロキョロ辺りを見回しつつ箒をゆっくり飛ばした。

 魔法世界だけあって、あずきと同様、箒に乗る人もいるようだが、通行人の多くは普通に歩いて移動している。


「キミ! そこのキミ! 脇に寄って箒から降りなさい!」

「はぇ? わたし?」

 

 慌てて箒を降りて振り返ると、そこにいたのは二十歳そこそこと言った感じの若い婦人警官だった。

 

「車道を飛んじゃ危ないって学校で習わなかった? 少ないとはいえ車だって走ってるんだから、うかうかしてるとかれちゃうよ? キミ、何年生?」

「ろ、六年、十二歳……です。あの、こっちには一昨日おととい来たばかりで……」

「むむ? その胸章、白いわね。ルナリア魔法学校の白の胸章ってことは、キミ、初心者魔法使いビギナーね? そっかそっか。月宮殿に行く途中か。そういえば そんな連絡受けていた気がするぞ。うん、なら仕方ない。そうだ、キミちょっとそこの警察署までおいで。お姉さんが色々説明してあげるから」


 ということで、あずきは街に着いて早々、警察のご厄介になることになってしまったのである。


 ◇◆◇◆◇ 


 着いてみると、そこはまさしく警察署だった。

 中では、人間に月兎族にと、様々な人が働いている。

 

 ――なーんか視線を感じるなぁ。警察署だから仕方が無いとはいえ、何かの重要参考人にでも見えるんだろうか。ちょっと嫌だなぁ。


 あずきは婦人警官に促されるまま、イスに座った。

 婦人警官が机に置いてあった連絡帳を開いて、うんうん頷く。


「あー! やっぱり連絡来てた! すっかり忘れてたわ。あはは。わたしは月宮奈々つきみやなな。ここ東京タウンのお巡りさんです。奈々さんでいいよ。あなたは、えーっと、野咲あずきちゃん、でいいのかな?」

「やっぱり日本の方だったんですか」

「そうよ。わたしも十年前、あなたと同じように魔法使いになる為の旅をしたのよ。何だか懐かしいなぁ」


 そう言いながら、奈々はお茶を出してくれた。入れ物は湯呑。中身は緑茶。東京タウンだからか、魔法世界シャンバラなのに実に純和風だ。


「あの、連絡って何ですか?」


 あずきが尋ねる。


「キミ、サマンサさんに会ったでしょ? 新人さんが来るときは彼女から毎回連絡が来るのよ。魔法使いの新人さんは貴重だから、無事月宮殿げっきゅうでんに辿り着けるよう月の住民みんなでフォローしなきゃいけないの。もちろん、旅そのものが訓練の一部だから、過保護過ぎちゃう行動は慎まなきゃいけないんだけどね」


 ――ん? ってことは、川べりでのゴーレムや、森の中の飛竜ワイバーンから助けてくれたのも、月の住民によるフォローの一環なのかなぁ。


「さて、じゃあまずは、魔法世界『シャンバラ』の地図を見て貰いましょうか」


 奈々が机上に紙を開く。

 A二版くらいの大きなサイズのものだ。


「シャンバラ?」

「そう。月面に作られた魔法都市よ」 


 奈々の指差す先、地図の中心地に大きな街があって、そこには『ルナリアタウン』と日本語で書かれている。

 ルナリアタウンから八本の線が放射状に伸びている。

 その先にいくつも街があって、奈々はその一つ、二時方向にある街を指差した。


「これが東京タウン。今あなたがいる場所よ」


 奈々はそのまま指を二時方向に真っ直ぐ滑らせる。

 地図の端っこまで来ると、そこに星印が付いている。


「ここがあなたの来た二番ゲート。ゲートは八か所あって、地球の色んな場所に繋がっているの。あなたの来たゲートは日本に繋がるゲート。だから、日本人ならまず例外なくサマンサさんに会って、それからこの東京タウンを目指す流れになるわね。お茶菓子食べる?」


 奈々が勧めてくれた菓子盆を開くと、中には普通に丸せんべいが入っていた。

 あずきは一つ取り出して袋を開ける。


「ネコちゃんにはミルクね」


 ミルクを満たした小皿が机の上に置かれる。

 おはぎがあずきをチラっと見る。

 あずきがうなずくのを確認し、おはぎはミルクを舐め始めた。


「月宮殿はどこにあるんですか?」


 あずきの問いに、奈々が地図の中央を指差す。


「月宮殿はルナリアタウンのほぼ中央に位置しているわ。高い塔だから遠くからでもすぐ分かるでしょう。東京と違ってそんなに高いビルも無いしね。ただし月宮殿は広大な庭園に囲まれているの。庭園の入り口で門番に用向きを伝えると、地下ダンジョンに案内されるわ。そこが最後の試練の場所。ダンジョンを無事抜けると月宮殿に戻れるから、そこで女王に会えるって感じね。だいたいの流れ、分かった?」


 ――試練。やっぱり旅自体に意味があったんだ。

 あずきはここまでの道のりを思い出した。


「この線は何ですか?」


 あずきは東京タウンとルナリアタウンを結ぶ線を指差した。


「これは鉄道。汽車よ。見たことある? 是非とも乗ってみて欲しいところだけど、乗車賃、ある?」

「……無いです」

「だよねぇ。だいたいみんな無一文で旅を始めるもの。でもね、お金は貸してあげられないの。それも試練の一部となってるから。ごめんね」

「奈々さんのときはどうだったんですか?」

「わたし? わたしは駅に置いてあったピアノを弾いたわ。ストリートピアノってやつ。そしたら通行人がお金を投げてくれて、それを乗車賃にしたの」


 ――残念ながらわたしにはそんな特技は無い。さぁてどうしよっかな。

 

「汽車に乗らないって選択肢もあるんですよね?」

「勿論。実際、箒でルナリアタウンまで行く人もいるわ。半々ってところかしらね。多少時間差は出るけど、初心者の試練は月宮殿への旅を通して魔法に慣れることが目的だから、行き方で合否が発生するわけじゃないの。単純に汽車はショートカットって考えてくれればいいわ。乗れれば楽って程度」


 考え込むあずきの湯飲みに、奈々が急須のお茶を継ぎ足す。

 他の署員が仕事をやっているのに、ここだけは完全に休憩モードだ。


「そんなに難しく考えることないわ。夏休みでしょ? なら、目一杯楽しむことを第一に考えればいいんじゃないかしら。まずはこの街の観光に繰り出しましょう!」


 奈々はにっこり微笑んだ。

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