第12話 旅立ちはいつだって突然に 2

「魔法使い? 旅立ちの時? おはぎ、あんた何を言っているの?」


 あずきは困惑しつつおはぎに尋ねた。


「お? 家の明かりが点いた。おじいちゃんとおばあちゃんが来るよ。おじいちゃんたち、あずきちゃんの変化に気付いたみたいだね。そら後ろ、振り返ってごらん」


 おはぎにうながされて振り返ったあずきは、月明りの下、ニットキルトの色違いパジャマを着た祖父母が、家からゆっくり歩いてくるのを見た。


 家の明かりが煌々こうこうと点いている。


 祖父母はあずきの前に立つと、揃って深いため息をついた。

 夜間の外出をとがめられると思ったあずきは、首をすくめつつ言い訳を口にした。


「あのね、おじいちゃん、おばあちゃん。おはぎがさ、外に出ちゃったの。ほら、無事連れ帰るのは飼い主の務めでしょ? だから……」


 ところが、祖母の口から出たのは予想だにしていない言葉であった。


「あなた達の会話、念話テレパシーで聞こえていたわ。そう。おはぎの言ってたことはおおむね合っているわ。ねぇ、あずきちゃん。おばあちゃんが毎年カードを送っていたの、気付いていた?」

「カード?」

 

 言われて何となく思い出す。

 確かにお盆に年末年始、ゴールデンウィークと、連休がある前に必ずと言っていいほど祖母から手紙が届いていた。

 そしてそこに確かに、カードが入っていた気がする。

 でも特に変わったことは書いてなかったと思う。


 隣に立つ祖父が神妙な顔つきであずきを見る。

 祖母が話を続ける。


「おばあちゃんね、毎年、通常のメッセージに隠して、裏のメッセージを何種類か書いていたの。あのカード、実は読む側の魔力に応じて内容が変わるのよ。『月の女王』っていうメッセージは、その一番深いメッセージ。あれが読めたってことは、バロウズの血が覚醒しつつあるあかしなの。今年のゴールデンウィークは全く読めなかったみたいだから、目覚めたのは本当につい最近のはず。このまま一生覚醒しなければいいと思ってたけど、やっぱりそうもいかなかったみたいね」

 

 祖母が悲しそうに目を伏せる。


「あなたのママ・エミリーも、同じ年齢で覚醒したわ。話さなかったでしょうけれど。ともあれ、覚醒した魔法使いは能力が暴走しないよう目覚めてすぐ魔法世界に力の使い方を学びに行かなくちゃならない。そして今夜は満月。地球と魔法世界を繋ぐゲートが開くとき。ゲートは世界中にあるけど、まさにここが、日本に於けるゲートのある場所なのよ」

「黙っていてすまんかった、あずきちゃん」


 祖父が辛そうに言う。


「あなた。あずきちゃんが生まれたときに覚悟は決めたはずでしょ? バロウズに生まれた者の宿命よ」


 祖母が続ける。


「何にせよ時間が足りないわ。色々説明してあげたいけどここから先は向こうで案内人から聞いてちょうだい。あずきちゃんの知りたいことを全部教えてくれるはずだから」


 祖母がそっとあずきを抱き締めた。

 とそのとき。あずきの背後の湖で、強烈な光の柱が天に向かって立ちのぼった。

 

「あずきちゃん、あれ見て! 道が出現するよ!」


 足元でおはぎが叫ぶ。

 あずきが振り返ると、光の柱の根元、湖の中央の湖面が丸く光っている。

 次の瞬間、桟橋さんばしの先端から湖の中央目掛けて光の橋が伸びていくのが見えた。

 あれがゲートなのだろう。

 距離としては、ここから二百メートルといったところか。


「あれに飛び込めっていうの?」


 祖父が月を見上げ、目を細める。


「十分でゲートは消える。急がんと」

「何が何やらよく分かんないけど……行けばいいのね?」


 あずきの問いに祖父が頷く。


「旅の準備は向こうにそっくり用意してあるはずだから何も心配無いわ。それと……」


 祖母が懐から長さ三十センチ程の短杖ウォンドを取り出し、あずきの手に握らせた。


「これを持って行きなさい。いつかこの時の為にと、あずきちゃんが生まれた記念に英国の実家に植えたオリーブの記念樹から作っておいた杖よ。あずきちゃんの手にすぐ馴染んで、旅の強力な支えになってくれるでしょう。使い方は、あずきちゃんに流れるバロウズの血が教えてくれるわ」


 祖母が再びあずきをぎゅっと抱き締める。


「魔法使いなら誰しもが通る道。何も心配はいらないわ。さ、行ってらっしゃい」

「……うん。おはぎ、行こう!」


 あずきは、無言で頷くおはぎをともない、光の橋を駆けた。

 走りながら振り返ると、通り過ぎた部分の橋がゆっくり消えつつあり、湖畔にたたずむ祖父母の姿も気のせいか霞んで見える。

 立ち止まったら橋が消えて湖にドボンだ。


 湖面の光が急速に薄れつつある。

 光が消え切る前に、あのゲートに飛び込まなくてはならない。

 間に合わなかったら?

 湖にドボンだろう。

 いくら夏とはいえ風邪をひくのは間違いない。

 最悪溺れ死ぬ可能性だってある。


 走る。走る。走る。

 もはや短距離走だ。

 あずきは左肩に飛び乗ったおはぎを左手で押さえ、右手に持ったお祖母ちゃんから貰った杖を、力いっぱい握り締めた。


 ――落ち着け。幅跳びの要領だ。学校の体育の授業で散々やったでしょ?


 走りながらあずきは、光の橋の先端に歩幅を合わせた。

 三、二、一、ジャンプ!!

 あずきは息を止め、橋から一気に湖面の光、ゲートに飛び込んだ。


 瞬間、視界が真っ暗になり、あずきの意識が飛んだ。

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