第9話 神宮司家(3)

「さえはさー、自分の身体のこともっと大事にしなよー」

「そこまで蔑ろにしているように見える?」

「見えるー。今日のこともそうだけど、紙で指切ったりさー、ぶつかられて倒れた時とかさー。何にも気にしてなかったけど、見てるこっちはハラハラするからさー」

「ああ、あったねえそんなこと」


 ダンジョン攻略専門学校は、年齢層的に言えば子供から大人になる狭間の子が多めの専門学校だ。だからというかなんというか、こう……俗っぽい言葉で言うなら"イキった"子が多い。

 ダンジョンでの強さが妙な自信をつけてしまっていることもあれば、相手がヒーラーなら何をしてもやり返されないという考えを持つ者も少なくはない。

 ダンジョンマスター的にはあぁ、人間人間、って感じだけど、大板ちゃんにとってはそうでもなかったらしい。


「さえはさ、もっと周りを頼るべきなんだよねー」

「頼ってるよ、十分」

「今回のダンジョン。全域ヒールなんて体力使う奴を連発し続けて、疲れないはずないじゃん。足治せなかったの、もう無理だったからでしょー?」

「ただ忘れてただけだって」

「忘れるわけないですー」


 実際、後でどうとでもなると思っていた。

 この程度の怪我ならどうでもいいと。だけど、出てきてみたら案外変色していて、案外酷いけがで。大板ちゃん含め、全員が全員心配してくれている……心配してるようだった。

 その辺ダンジョンマスター感覚が抜けなさ過ぎて危ないよなー、とか上の空に浮かべつつ。


「ま、私の怪我のおかげで希が覚醒したわけだし。結果オーライじゃない?」

「それ本気で言ってるー?」

「……そうだ、って言ったら怒られそうだから言わない」

「当たり前すぎ。……覚醒はダンジョンの醍醐味、なんていうけどさー。確かに凄い全能感だったし、万能感だったけど、怒りの方が強かったしさー。あんな風になるのはもうやだよー」

「そっか」


 ……でもそれ以外での覚醒となると、難しいと思うなぁ。

 基本的に「窮地である」「本人に不屈の闘志がある」「怒りと悲しみが混在している」みたいな情報をもとにダンジョンが覚醒をさせるって仕組みだから、それを抱かずに、となるとかなり難しい。

 できれば神宮司君に覚醒してもらいたかったところはあるんだけどね。彼のポテンシャル凄いから、どんな段階に辿り着くか楽しみだった。


「さえってさー、死にたいの?」

「え?」

「……違うならいいけどさー。なんか、生きたい、って感じがしないんだよねー、さえってさ」


 言葉に詰まる。

 生きたい、か。確かにそんな感情は持ち合わせていない。だって私は死なないから。何をしたって、何をされたって、何を為されたって、何を行ったって――私は死なない。

 心臓を貫かれようが、全身を消し炭にされようが、時空間の狭間に捨てられ圧し潰されようが、死なない。何でもないかのような顔で、何事も無かったかのようにそこへ戻ってくることだろう。

 私に、死という概念はない。


 ただ、逆の感情はあるのかもしれない。

 ダンジョンマスターとして。人間というものが発生して以来、一度も辿り着かれていない私の眼前。

 私がラスボスとして立ち、それを人間が打ち砕く、という妄想は。


「神宮司君も、哉張君も……可能性があったから、私は応援していた」

「え、なに? 何の話ー?」

「そして、希も可能性が出て来た」


 これは、消すつもりの記憶だから、開けっ広げに言ってしまうけれど。


「行きたいという願望はない。死にたいという願望もない。ただ、魔神は勇者に倒されるべきだという法則にも似た希望は持っているよ」

「さ、え?」

「おやすみ、大板ちゃん。心配してくれてありがとうね。周辺の見張りの人たちも、ひと時の眠りを。大丈夫、すぐに目を覚ますから」


 スキルはダンジョンの中でしか使えない。

 無論、それを設定したのは私だ。その縛りに私が振り回されることはない。

 

 鼠一匹残らず記憶を消去する。抜かりはない。


「希、希。起きてー重いー」

「ふぇ……あれ。さえー? ……私、寝てたー?」

「私の処置してくれてすぐにね。覚醒して疲れたんでしょ。さ、皆の所戻ろうか」

「あ、うん……肩貸すよ」

「ありがと」


 友情はありがたいけれど、それよりもダンジョンだ。現実世界のあーだこーだは隙にやってくれて構わない。なんなら「丹親さえ」という人物を作りあげ、人格を適当に詰め込んで放置してあげてもいい。

 ただ、余計な繋がりを持つつもりはないよ。


 *


 神宮司家の皆さんは夕食後も色々とよくしてくれて、なんなら泊っていかないか、なんてことまで聞いてきたけれど、流石にただのクラスメイトの家に、というのは色々問題があるだろ、という哉張君のあまりにも常識的なツッコミによりお開きになった。

 神宮司君を神宮司家に置いて、車で敷地内を走り、ようやく外に出る頃には真っ暗闇。とはいえ都内だ、そこらじゅうに明かりがあるから、真っ暗ってことは無い。

 そんな中を三人で歩く。途中までは帰り道が同じだから。

 で、哉張君と私と大板ちゃんで話す話題となると。


「なぁ頼むよ大板。覚醒、やり方教えてくれっ!」

「だからー、わかんないんだってばー。さえに杖向けられてるの見てカッとなったらいつの間にかなってたって感じでさー」

「つーことは丹親が鍵なのか? 丹親頼む!」

「いや私に言われても」


 これである。

 哉張君はなんとしてでも覚醒したいらしい。理由は多分神宮司君を守るためとかそんなところなんだろうけど、それを大板ちゃんに聞いても無理だと思う。覚醒を故意にできる人間なんて指で数えられるほどしかいないから。


「くぅ~、あん時の大板カッコよすぎだろ、ずりぃよー」

「まぁダンジョンの醍醐味ではあるよね、覚醒」

「そうなんだよ。っつか男の夢っつーかさ。ピンチになってから、かっけぇオーラ纏って敵を圧倒するの……あそこは俺か神宮司が覚醒するトコだっただろうよ!」

「だから知らないってー」


 哉張君の言いたいことは凄くわかる。私もまったく同じ意見だから。

 だけどそれを大板ちゃんに言っても仕方がない。仕方が無さすぎる。そろそろウザがられていることに気付いた方がいい。


 にしても。


「ところでさ、哉張君」

「くぉ~……ん? なんだ、丹親」

「神宮司家のお見送りって、いつもこんな人数いるものなの?」

「何の話だ? いつもって、俺見送られたことなんかねーぞ」

 

 じゃあ、ストーカーってことでいいのかな。

 道端の石を拾う。狙うは脳天、暗闇で見えないだろう速度で、音もたてず――。


「ストップだ」

「うぉっ!? 神宮司の兄ちゃん!?」


 今まさに放とうとしていた石を止められた。

 腕を掴まれかけたけど、回避。しかしこれは回避しなかった方が良いやつかな。少なくともあの速さに反応できることが知られてしまった。


「久しぶりだね、哉張君。昌也がいつもお世話になっている」

「あ、いや。んなことねえっすけど、いやそうじゃなくて、なんで神宮司の兄ちゃんがここに」

「国から依頼されたダンジョン攻略の帰りなんだ」

「国から……ほぇ~、流石はA級パーティ」


 それだけじゃないなぁ、とダンジョンマスター的勘がピンピン反応している。

 仙狸の血を引いている、というだけじゃない。何か本質的な部分で……これは、なんだ?


「夜も遅くなってきたから送っていく、と言いたかったけれど、これは警戒されてしまっているね」

「さえ?」


 口に出さず、停止ポーズを発動させる。

 疑問顔でこちらを見たまま停止する大板ちゃんと哉張君。そして周囲にたくさんいる、神宮司家から着いてきた護衛らしき人間たち。


 動いているのは私と。


「……時間停止のスキル。いや、魔法かな」

「何者だ、お前」


 多少は動きづらそうにしながらも、停止にまでは至っていない――神宮司君の兄。 

 なんだ、こいつ。


「自己紹介がまだだったね。僕は神宮司昌良あきら。昌也の兄だ」

「そんなことは聞いていない。何者か、と問うている」

「君こそ何者かな。ダンジョンの外で魔法を使い、ダンジョンを作り変える者。僕が掃除をしたあのダンジョンには、バンシーもサテュロスも存在しなかった。折角昌也のために用意したダンジョンをめちゃくちゃにしてくれて、僕はそれなりに怒っているよ」


 ああ、コイツか。

 こっちが元凶か。


「的外れも良い所だ、人間。私のダンジョンを好き勝手に弄りまわし、ネクロマンサーの洗脳を行ったのはお前だな」

「私のダンジョン? あれは故意に自然発生させたダンジョンだ。人為的とはいえ、人工的なものじゃあないよ」

「ダンジョンは全て私のものだ。いや、もういい。今の話で程度が知れた。――死ぬか、忘れるか。どちらかを選べ、人間」


 そいつは、一歩。いや二歩、三歩と私から離れ――虚空から、一本の剣を具現化させた。

 ほー。ダンジョンの仕組みを悪用するだけでなく、そこまで解析しているか。


「極小のダンジョンをアイテムボックス扱いとは、随分とこなれている」

「見抜くのが早すぎるよ。君、本当に何者?」

「問いに問いで返すなよ。選べと言ったはずだぞ、人間。死ぬか忘れるか。選ばぬのならば、強制選択だ」


 可哀想に。

 今解放してやる。そんな、人間に利用されるためだけに生まれたダンジョンなど。搾取も出来ず、寿命も無為に伸ばされる未来を選ばされたダンジョンなど。

 私が壊し、殺してやる。


「死ぬつもりも忘れるつもりもない。君は危険だ。このことは国に報告する必要がある」

「そうか。なら」


 左手でソイツの顔を掴む。掴んで発動する記憶削除の魔法。……反応なし。身代わりか。

 適当な暗闇に石を投げる。手加減なしの一投は鋼鉄をも穿つ。がさりと茂みより転がり出てくる姿を見て、少しばかり感心する。そうだ、今のを受けていたら剣にも顔にも穴ができていたぞ。


「ッ、危険度SSS! 僕一人じゃ無理だ! アスカ!」

「通信なら遮断している。衛星映像でもこの戦闘は見えない。たとえ目視できる範囲にまで近づいたとして、既にここは位相にある。真実この場にいるのは私とお前だけだ。――己のみでどうにかできると踏んだのは傲慢だったな」

「く……最期に聞かせて欲しい。本当に君は何者だい?」

「死体、あるいは記憶を失った体から録音された言葉を吐き出す魔法を編んだか。スペルクリエイターなど久方ぶりに見たが、相手を違えたな」


 ソイツにかかっている魔法やら何やらを全て掻き消して、記憶も消す。殺しはしない。処理が面倒なのもあるけれど、神宮司君の覚醒の役に立ちそうだから。

 ついでに中空に浮いていた監視カメラみたいな虫も殺しておく。アイテムボックスにされているダンジョンも殺す。救う手立てはないから、せめて、ね。

 

 はぁ、まったく。

 効率化だの周回だのだけでなく、現実世界へダンジョン内の事情を持ち出す奴まで出て来たか。

 これは本当に一旦お掃除が必要かもしれないなぁ。

 一旦の、大掃除がね。

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ダンジョン攻略専門学校に通っているけどダンジョンマスターではある。 浮添尾軸 @ukizoeoziku

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