第8話 神宮司家(2)

 神宮司君の父親を名乗る者が客間に現れた時、ようやくすべてを察した。

 死霊術師が人間に洗脳される――というのはちゃんちゃらおかしい話だとは思っていたし、あり得ない、あり得画はならないことだと思っていた。だって有史以来、いや有史以前からそんなこと起きていなかったから。

 ただ、これなら理解できる。この抜け穴なら。


「――神宮司家が当主、神宮司家昌隆まさたかという。此度は息子の昌也しょうやが世話になった。並びにこちらの不手際を含め、誠心誠意の謝罪を」

停止ポーズ、加えて位界ダンジョン


 時間が止まる。世界の時間が。

 そしてこの時、この瞬間。客間の極々極小範囲でダンジョンが形成される。モンスターは一匹もいない、この客間にできたダンジョン。

 いるのはただ、私と――神宮司君の父親を名乗る者だけ。


「……何が、目的だ。魔神」

「文句」

「……やはり、か」


 観念したのだろう。隠す気もない様子で、開き直って話す彼。

 仕方が無いから私が正体を明かしてあげようと思う。


「そっちこそ、面白い抜け穴でダンジョンの外に出て来たものだね。仙狸……あるいは、テイムされた仙狸と呼べばいいかな」

「全て、お見通しか」


 そう、この男は大陸の方のダンジョンに稀にいる仙狸という猫のモンスターだ。

モンスター、つまりダンジョン内で生まれた命。

 どうしてそんなものがダンジョンの外にいて、且つ家庭なんてものを築いているかというと。


「食い殺したのかな、飼い主を」

「それは言いがかりだ! 俺は主人を愛していたし、主人も俺を可愛がってくれていた。だからこそあの方が死ぬその間際、主人は自らの全てを俺に明け渡したのだ」

「人間が自ら、ダンジョンモンスターに?」

「そうだ。……俺達を再現データ程度にしか見ていない魔神にわかるはずのない感覚なのは承知しているがな」


 仙狸というのは、高難度ダンジョンにおいて「食い殺した人間に化けることができる」という能力の厄介さでキルスコアに長けるモンスター。狙われやすいのは主にヒーラーで、最も後方にいるヒーラーを攫って食い殺し、それに成り代わって何食わぬ顔でパーティに合流、ボス戦などで正体を現してパーティを全滅させる、とい結構極悪なモンスター。

 化けると言ってもただ見た目を変化させるわけではなく、脳をも食らって記憶さえ自らのものにするため、会話や何やらで見分けがつくことがないのも特徴。流石に体力はモンスターそのものなので、合流した瞬間にぐっさりやられたりすれば一瞬でバレるだろうけど、流石にそこまで非情なパーティリーダーというのは中々いない。

 

「ふぅん。まぁ、そっちの事情は然程気にならないけれど。経緯としては、テイムされた君がテイマーに成り代わって外に出て来た――ただそれだけだね?」

「……主人が死んだのは現実世界で、だ。ダンジョン内じゃない」

「え、じゃあ君どうやって顕現してたの?」

「俺が今回やったことと同じだ。主人はこの家の中に極小のダンジョンを作っていた。俺一人くらいしか入れないダンジョンで、且つ世界の境界線が曖昧なものを。それくらい、ダンジョンへの造詣の深い人だった」


 へぇ。

 じゃあ、神宮司君のダンジョン好きは親譲り、にはなるのかな、一応。

 しかし凄いな。そんなものを作り出した人間は本当に初めてかもしれない。


「でも、成程ね。それでそのご主人様が死んで、君はそれに成り代わった。曖昧な境界を利用して、こっちに渡ったわけだ」

「ああ。主人は最後、ダンジョンごと俺を抱いてくれたからな。……だが、貰う気はなかった。主人が死ねば俺も死ぬ。そのつもりでいたんだが、押し付けられた。お前は生きろ、と」

「個人情報まで聞くつもりはないからいいってば。で? 今回の申し開きはある?」

「ない。昌也やそのお友達相手には適当な理由も吐けたが、魔神相手に吐く嘘など何もない。如何なる処罰でも受ける。……だが、一応抗議はしておく」


 あの死霊術師は例外だ。全てを忘れさせられていたから。

 だから、ああいう例外を除いて基本ダンジョンモンスターは私に従順である。恭順している。ゾンビが私を引きずり込んだのも私の命令だし、その他諸々は言うまでもない。

 そしてこの仙狸も例外ではない。 

 ただ、単純な従順さではなく、諦めの従順さというのが少しばかり面白くはあった。


「お前たちが入った後、もしものためにと護衛を入れようとしたが、弾かれた。気付いていたか」

「勿論。余計な事されないように結界張って、ダンジョンの入り口も閉じた。中でアイテムを使えないようにルールも書き換えたし、新たなモンスターも追加した。廃村ダンジョンで出てくるのがゾンビと死霊術師だけって、肩透かしにも程があるでしょ」

「俺はっ! 主人の昌也への愛と、俺自身の愛も込めてアイツに『自分だけのダンジョン』をプレゼントとしようとしただけだ! それをこうも引っ掻き回してくれて……」

「いやぁ、学生に与えるにしては難度高すぎたでしょ。掃討される前はそれなりの高位モンスターがいたようだし、何よりダンジョンの設定が鬼畜過ぎじゃない? なに、ゾンビが発生したIFの未来、って」


 それなりのトラウマでしょアレ。

 

「中は……そう、なっているのか」

「行ったこと無かったの?」

「俺はもうダンジョンには入れん。もし次ダンジョンに入れば、ダンジョンは俺をモンスターと認識するだろう。そうなれば、出られなくなる」

「あーね」


 確かに。

 人間に成り代わっただけのモンスターとして処理し、一緒に出ようものなら強制的に引き戻し、なんなら再構築するときに分解されるはずだ。

 今のままでいたいなら、ダンジョンに近づくべきではない、か。


「中、すごかったよ。ここで働いている人たちがゾンビになって襲ってくるダンジョンだった。ラスボスは神宮司君……昌也君の少し成長した姿。だから彼、かなり苦しんだんじゃないかな。知り合いを手にかける苦しみって奴を」

「……そんなもの、報告書には」

「化かす側が化かされたか、とてもじゃないけど報告できなかったか。掃討されていた高位モンスターが、たとえば君だったり、君の妻だったりしたんじゃない? 昌也君の兄だっけ、担当したのは。なら、同じ苦しみを味わったんでしょ」


 あるいは作られたダンジョン側なりの抗議だったのかもしれないが。

 ダンジョンが生物であることは述べたけれど、意思があるとは言っていない。言っていないけど、まぁ持っていても別に良いと思う。私は気にしない。


「抗議はそれだけ?」

「……ああ。まぁしいて言うなら、専門学生にお前のような魔神が混じっていること自体に文句を言いたいが、お前の行動制限などできる者は誰一人としていない。言っても無駄だし、言ったが最後、記憶を消され、存在を消され、それで終わりだろう」

「よくわかってるね。――それじゃあ、罰を受けてもらおうか、仙狸」


 元々そのために来たのだ。

 たとえ彼が本当の人間でも罰は受けさせていた。ダンジョンマスターとして、私のダンジョンに細工をするなど許される所業ではない。

 

「罪状は、自分の子にダンジョン側の技術を渡したこと」

「……そこまでわかるか」

「いやだって、君がダンジョンに入ってないなら、誰があのネクロマンサーに細工をしたんだって話じゃん。ダメだよ、人間の仲間をするフリをする、までは許しているけれど、人間に与してしまったらダンジョンというシステムは崩壊する。人間がダンジョンに移り住めるようになったが最後、そこは楽園になってしまうからね」


 位相世界、ダンジョン。

 ある意味で無限の土地であり、無限の資源だ。

 そんな場所人間が移住できてしまったら、それはもうダンジョンとは言えない何かになる。


「今回のは特殊な事例だけど、前例を作るのはよくない。だから」

「……叶うなら、消すのは俺だけにしてほしい。俺の子は」

「君の子供と君の、ダンジョンの仕組みに関する記憶を消去する。及び君からは仙狸としての記憶も奪う」


 目を見開く仙狸。

 当然だろう。だってそれは。


「それは……俺と、主人の契約を、その記憶自体を消す、ということか?」

「そう。それが最も重い罪だと判断した」

「……抵抗の無意味は知っている。魔神よ、だが俺はたとえ無意味でも――!」

剥奪ダイバースタチュー


 問答無用。

 ま、消去ではなく剥奪……形として残してあげたことは私の慈悲だと思ってくれたらいい。神宮司君が大人になって、私と相対し、あるいは討ち果たせるような存在になったら報酬として返してあげても良い。

 じゃあこれを指輪に加工して、と。


 ダンジョン化を解除。私と仙狸……いや、神宮司昌隆をもとの位置に戻して、停止解除。


「……?」

「父さん?」

「……ああ、いや。なんでもない。誠心誠意謝罪をする。……お詫びと言ってはなんだが、今日の夕食は神宮司家の料理人が振舞わせてもらいたい。そして昌也、お前の聞きたいことは全部答える。これでどうだろうか」


 記憶は奪ったけれど、説明ができるような捏造記憶も植え付けてある。

 しどろもどろになることはないだろう。


「さえー、どうするの?」

「私に聞かれても」

「さえが一番怒ってたじゃんかー」

「……実を言うと、もっと悪役っぽい人が出てくると思ってたから、初手謝罪で毒気が抜かれた」

「あー、ちょっとわかるー」


 大板ちゃんに適当な返事をする。

 ただ、どうなんだろう。専門学生だから特に問題はないとは思うんだけど、夕飯まで、となると拘束時間がそれなりだ。

 どーしよっかなー、とか考えていたら、突然大板ちゃんがスクッと立ち上がった。


「あのー、いいですかー?」

「ああ、なんだ」

「さえ、今怪我しててー。だから手当とかお願いしたいんですけどー」

「なんだと? ……すぐに手配させる。すまない、不手際だらけで、本当に……」


 ああ、まだそれ気にしてたんだ。

 良いって言ってるのに。優しいのは美徳だけど、ダンジョン攻略においては隙になるよ?

 ……でもそういう子が覚醒するんだよね。今回みたいに。

 いやほんと、ノーマークだったな。

 

 神宮司君でも哉張君でもなく、大板ちゃんが覚醒する、なんて。

 やっぱりこのパーティを選んでよかった。これからは大板ちゃんにも試練を課して行こう。

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