第7話 神宮司家(1)
人々がダンジョンに潜る理由として挙げられる最大級のものが、ダンジョン攻略報酬である。ダンジョンコアを破壊することで受け取ることのできるこれは、現在の科学力では到底成し得ない、到底作り得ない素晴らしいものばかり。
有史以来誰もがこの報酬の解明、解析に挑んできたけれど、ことこの二千年、いやさ三千年に至ってまで一切の解き明かされていない不思議アイテム群こそが、人々をダンジョンに惹き付ける理由であると言えるだろう。
それ作ってるの私なんですけどね。へへ。
具体的には万病に効く薬だとか、半身吹っ飛んでても治る薬だとか、不死にこそならないけど80越えても20歳くらいの見た目を保てる不老の薬だとかいう薬剤類と、普段はホログラムの形でありながら、ダンジョンに入ると物質化して武器や防具になる装備類、そして
大まかにはこの三種類に分けられる。
最後のアーティファクトは行ってしまえば十徳ナイフみたいなもので、私的にはレアリティ低め。ただ欲しい人は喉から手が出る程欲しい、みたいな位置づけで、薬系がレアリティ高めで設定している。
なお、傷病においてはどこで受けた傷とか問わない。
現実世界、ダンジョン内のどちらで受けた傷、病であってもこれらは治し得るため、時には億単位のお金が動いたりするのだけど、そういうダンジョンは流石に「周回」とか「効率化」とかできないような複雑なつくりになっているので経済が損なわれることは無い。
……勿論、ダンジョンがない世界とダンジョンがある世界では物価にかなりの差があるだろうけど。
ただし、ヒーラーというロールがある以上、ある程度の怪我はダンジョンに入って治せばいい、みたいな考えも横行している。故に小回復、中回復程度のポーションしか出ないダンジョンは見限られて行って、
残された上に基本的には国が管理していると来ているので、その辺どうにかしたいなーと思うのがダンジョンマスター。いやだって、誰かの許可が無いと入れないダンジョンとかちょっとお笑い種だし。
そういう意味で、今回のダンジョンはあるいは国に管理されかねないダンジョンだったと言えるだろう。
ダンジョン攻略報酬は『病毒無効のお守り』。
一見なんでも無さそうなコレだけど、ダンジョン内でのみ具現化する装備としてでなはなく
四人だけの秘密にしよう、ということになったからだ。それくらいヤバい代物であることは皆が理解したようで。
なお、足を治さずに出て来た私は、遅れて出て来たこともあって酷く心配された。普通はダンジョン内で負った怪我……特に小さな怪我であればヒーラーが治すからだ。それで、私自身がヒーラーなのに治してこなかったから、余計に心配された。
体は大事にしろよ、とか哉張君に言われて、ごめん、気が付かなかった、なんて悲痛な顔で神宮司君に謝られて。
「大丈夫? さえー」
「だから大丈夫だって」
「……」
大板ちゃんには、こうして付きっ切りで介助してもらっている。
あのあの、私ダンジョンマスターで、結構すごい存在で、だから痛みとか割合どうでもいいんだけど。確かに肉体は人間だからパッと治す、とかはできないけど、なんなら腕を引き千切られたって平然としていられるし、死んだところで戻って来られるし。
そんなことを大板ちゃんに言えるわけもなし。
こうして時間を使わせてしまっている。
「それで、……丹親さん。父さんに会う前に、君の推理を聞かせて欲しいんだ。どうして――どうしてこのダンジョンを父さんが作ったと考えたのか、そして、あのダンジョンが未着手じゃなかったと思うのかを」
それで、そう。
そういう話になっている。私が遅れて出てきた理由を合わせて神宮司君の父親に疑いをかけたのだ。
そして、遭わせて欲しい、とも。
なら、怪我のことでの騒ぎ、アーティファクトでのひと悶着が終わったら、その話を深堀というか詳しく聞かせて欲しいと言ってくるのも何ら不思議ではない。
「推理、というほどじゃないけど。神宮司君は、この辺りのダンジョンがどこにあるか知ってる?」
「この辺りっていうと、ウチの周り?」
「そう」
「……そこそこ距離があるけど、北にある空部神社……くらいかな」
「うん、でも実はこの辺りって昔大飢饉があってね。パワースポットも心霊スポットも、見出そうと思えばいくらでも見出せるんだ。現にお墓とか祠とか石碑とか多いでしょ?」
「あー、確かにな。この辺多いわ。良く知ってたな、丹親。お前この辺住んでたのか?」
「さっき端末で調べた」
携帯端末。
情報共有アイテムとして昔は蛇蝎の如く嫌っていたけれど、「なんでそんなことを知っているんだ」って聞かれた時の言い訳としてこれ以上良いアイテムは無いと、最近はちゃんと触るようにしている。
「でも、無い。パワースポットも心霊スポットこれだけあるのにダンジョンが一個くらいしか思い浮かばないってことは」
「まさか、壊されてる?」
「壊されているというか、殺されているというか」
ダンジョンは生き物だ。
生理的な構造をしているわけではないから人間が言う所の生物ではないけれど、生まれ、寿命を持ち、耐久値とでもいうべき命の目盛が存在する生き物。
やる人がほとんどいないだけで、やろうと思えばダンジョンは外側から殺せるのである。
恐らくそれに気が付いたのが神宮司君のお父さんだった。
「周辺域のダンジョンが全て殺されている。ダンジョン好きを公言している神宮司君がいるにもかかわらず、君のお父さん……まぁ便宜上お父さんと呼んでいるだけで、この実行者とでもいうべき人物は君の好きなものを周囲から排除していっていたんだ」
「……動機がわからない。何でそんなこと……」
「このダンジョンを作るためだよ」
心霊スポットもパワースポットも、地脈の滞りや穴を生む。それによってダンジョンは自然形成される。
ちゃんと研究したんだろうね。ダンジョンの仕組みを。なおこれは私じゃなくてもダンジョン学に精通した学者なら知っていることだから、私が知っていてもまぁそこまでおかしくはない。
そして、だから。
澱みというべきものを周囲から全削除して、こんなだだっ広い私有地を、何を建てるでもなく放置しておいたのは、ここにその澱みが集まる状況を作るためだ。
あるいはダンジョン破壊のために心霊スポット、パワースポットの破壊も行ったのかな。その恨みつらみも飛んできている気がする。
全てはここにダンジョンの入り口を開かせるために。
「動機は」
「もしかしてだけどー、プレゼントー?」
「……多分ね」
ここまで壮大なことをしておいて「えぇ……」って感じではあるけれど、お金持ちのやることだ。お金持ちの計画することは、壮大なクセに結果がショボいって相場が決まっている。
ダンジョンが大好きな神宮司君。
お父さんとして、息子のために何を用意したらいいか。喜んでくれるか。
そうだダンジョンにしよう!
「……本当に当たってたら、バカだな、って思うぜ俺は」
「結果的に神宮司君は大興奮してダンジョン攻略に当たったし、成長の兆しも見えたし、何より『病毒無効のお守り』なんていう国が動くレベルのアーティファクトを手に入れられるようなダンジョンの生成に成功したわけだから、すごいと言えばすごいんじゃない?」
「たし、かに?」
ただ、私が怒っているのはそこではなかったりする。
人間が故意にダンジョンを作る。まぁそれはいいのだ。別に。自然形成のダンジョンとそう差異は無いから。
私が気になったのは。
「あのダンジョンは未着手じゃなかった――ってところが、私的嫌ポイントかなー」
「……まさか、兄さんたちが」
「ああ、やっぱりお兄さんが探索者なんだ。巧妙に未着手未攻略っぽく見せかけてたけど、詰めが甘いね。子供だけだから騙せるって思ったんだろうけどさ。無理だよ。『病毒無効のお守り』なんてレア中のレアみたいなものが報酬に出るダンジョンで、アンデッド系しかいない、しかも廃村ダンジョンなんて……吊りあってなさすぎる」
サテュロスやバンシー、アームゾンビは私が出したのだ。
それがなければ、あのダンジョンはただ廃村なだけで、あの自分が何者かもわからなくなった死霊術師がいるだけのダンジョンになっていた。
そんなワケあるかいって話。
「つまり……事前に倒されてた、ってことか。つえー奴は」
「多分ねー。どっちが先かはわからないけど、ダンジョンを作ってみたら思ったより高難度ダンジョンになっちゃって、でも息子にクリアしてほしくて、だから神宮司君が死なないようにお兄さんたちがヤバいの全部狩って難易度調整したんでしょ」
「そりゃなんつーか、親ばかここに極まれりっつーか」
「で、攻略したら攻略したことがバレちゃうから、お兄さん達は途中でアイテムかなんかで抜け出したんじゃない? アイテム使用禁止になってたり入り口がすぐ閉じる仕様になってたりしたのは、ダンジョン側の抵抗じゃないかな」
ダンジョンは生きている。
探索者の行動によって中のルールを変えることなんてよくある。だからこの嘘も貫き通せる。
「息子を想う気持ちはわかるけど、ちょっとダンジョンを馬鹿にしすぎかな。これは私がヘンにダンジョン側に寄り添っているっていうより」
「ああ、いつも温厚な神宮司の顔見りゃ誰が一番怒ってんのかはわかるってもんだ」
「ダンジョン好き息子に対してやることじゃないねー」
そういうわけです、神宮司君の家の皆さん。
精々反省してください。してなかったら夢枕に立たせていただきます。
私、ダンジョンマスター……ダンジョンをダンジョンとして楽しまず、別の用途に使うとか、あまつさえ細工をしておくとかいうの普通に不愉快なので。
然るべき罰を。
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