第6話 私有地ダンジョン(3)

 故に、ダンジョンマスターの矜持にかけて「案の定だった」ということは言っておこう。格好つけるために。

 

 ラスボスのいる本殿。華々しく仰々しい煌びやかな神社の前に、一人の祭司が立っていた。


「……僕、か」

「そっくりだけど、あっちの方が年上ー?」


 そう、神宮司君だ。 

 だけど、ゾンビではなく死霊術師だから顔立ちがしっかりしているし、希の言う通り今の神宮司君より少し年上だろうことが窺える。

 それでようやくわかった。

 このダンジョンは、単なるIFではなく――IFの未来なのだと。


「来た、か」

「喋った!?」

「……哉張、か。懐かしい、顔だ。……ああ、お前が死んでから、どれくらい経ったか」


 無論、ダンジョンは全て再現、あるいはシミュレーターとでも思って貰えたらいい。だから本当にIFの未来を指し示しているわけではなく、現実世界にこういう要素があったりモンスターが溢れ出たりしたらこうなるよね、みたいなIFを見せているだけ。

 よってこれらモンスターが何か意味深なことを言ったって、それは特に意味のないことであるのだけど――。


 それを言ったら夢を壊すので、ダンジョンマスターさんはやらないのである。


「私はいつ死んだのー?」

「……君は、確か、大板希さん、かな? すまない、近くにいなかった人の事は……わからないんだ」

「じゃあまだ生きてるかもー」

「――ただ、一つわかるのは」


 死霊術師がを向く。

 直線上に、神宮司君と私がいるけれど。


「君が敵だということだ。――僕の大切な人たちを、よくも殺してくれたな」

「っ……やっぱり、あのゾンビ達は……」

 

 今、確実に私を見て言ったなぁ。

 なに?

 人間をシミュレートし過ぎて、私に歯向かおうっていうの?


「あ――あぁ、ぁああ! 頭が、う、わ、ぐ、割れ、る……ぅぅううう!」

「どうし……みんな、離れろ!」

連鎖召喚サモンチェイン:アークリッチ」


 死霊術師は自らの胸に全指を突き立て、抉るようにして肉を掻きだし、そこから10体のアークリッチを召喚する。

 言っておくけど私は威圧しただけでこんなことをしろ、なんて言っていない。いけるのかな、今結構みんなボロボロだけど。


「ッ、ならこっちも! 連鎖召喚サモンチェイン:セイントナイト!」


 神宮司君は小指から人差し指までの指の腹を親指の爪で切り裂いて、その血からセイントナイトというある特別なダンジョンにいるモンスターを呼び出す。痛そう。

 一応回復はしてあげる。そういえばさっきから血を媒介にしている辺り、純粋なサモナーってわけでもないな。代償を支払うことでモンスターを呼び出す……ウィッチにも似ているけれど、だとしたらできることが少なすぎる。

 もしかしてユニークジョブでも見つけた?


「ごめん、みんな! 僕じゃ八体が限界だ! 残りの二体は」

「一体は俺が完全に引き付ける! もう一匹は神宮司と大板でやれ!」

「丹親さん、様子見とかナシで全体ヒールをお願い!」


 ぶつかり合う。

 モンスターとしての格はアークリッチの方が上だ。セイントナイトは結構うじゃうじゃいる系だから。

 けれど、セイントナイトの纏う鎧と剣についたアンデッド特効が戦いを拮抗に持って行っている。アレドロップ品なんだけどね。レアドロップ。

 

 さて、言われた通り全体ヒールを連続でかけるけれど、こうなった時当然フリーになるのが一人生まれる。

 死霊術師、ダンジョンボスの神宮司君だ。

 彼は血走った目で、ふらふらしながら……手に持つ杖に、闇色の光を溜め始める。ふむ。人間を再現するとスキルを使えるようになるのか。……なんて風に納得するわけもなし。

 何か細工されているなぁ、という所感。

 ダンジョンマスターを騙せると思わないことだね、人間。


「――哉張、挑発!」

「ダメだ、他のアクリを引き付ける!」


 いち早く神宮司君が気付いたようだけど、もう遅い。

 死霊術師より放たれた闇色の光は、直撃コースで私へ向かう。闇色なのに光の奔流。あはれ女子学生、ぽっかりと上半身を消し飛ばされて死んでしまうのでした。


 ……とはならない。

 いや全く、人間に細工された程度で本来の主を忘れるとは、堕落も堕落だ。

 あまつさえ私に矛を向けるとは。


浮輪アブソプション


 闇色の光を吸収する。そのまま放出してもいいんだけど、それするといよいよヒーラーではなくなってしまうので、全体ヒールの体力に変換分配する。

 唖然としている神宮司君と哉張君。だけど敵は待ってくれない。

 哉張君は力の入っていない盾を殴られて、神宮司君はモロに打撃を食らって吹き飛ばされた。はいはいヒールヒール。


「に、丹親、今何を」

「敵のスキル攻撃を吸収するスキル。それより集中して。今希が一人になっちゃってる。仲間に目を向けるのは敵を倒してからにして」

「すまない、君の言う通りだ! 哉張、行くぞ!」

「お、おう!」


 気になるのは当然だ。

 スキルを吸収するスキルなど聞いたことが無いだろうから。それでも見せたのは、彼らの覚醒を促すため、という打算によるもの。ダンジョン内ではレベルという概念こそないものの、覚醒と呼ばれる限界突破イベントが用意されている。

 絶望的な状況、死を覚悟せねばならない状況に陥った時、それでいて尚も勝たんとする意思を感じられたのなら、ダンジョンのシステムが探索者を覚醒させる。具体的にはステータス二倍、スキル攻撃力・防御力二倍、また新たなスキルの習得などのイベントと、特に意味はないけどオーラを付与する。

  

 これこそがダンジョン攻略の醍醐味だろう。

 昨今の「効率化」や「周回」ではまず見られない覚醒は、一度経験してしまえば病みつきになるはずだ。

 

 遥か過去においては日常茶飯事に近かったこの覚醒も、近代になるにつれて全く見なくなってしまった。

 適度な恐怖と絶望、適切な勇気と蛮勇、適当な意地と不屈。

 それがダンジョンに必要なもの。


 果たして今、男子二人は必死になっているはずだ。朱雀なんか出して余裕ぶっていたり、私の風船に頼っているようじゃだめだ。

 一番後ろにいる、一番弱そうな私がアタッカーやタンクよりも活躍している、という事実は――彼らに力の渇望を促すはず。


「まただ! くそ、やめろ!」

 

 闇色の光が死霊術師の杖に収束する。

 まだ撃つ気か。これは、仕置きものだな。このダンジョンを生成した人間にも、未着手に見せかけてこのダンジョンに先に入っていた人間にも。


 だけど、同時にありがとうと言おう。

 この攻撃こそが覚醒へのスイッチ。さぁ見せて欲しい。自分たちではどうにもできない攻撃を、どうやって防ぐのか。どのようにして私を守らんとするのか。


 ――あれ。


「さえ、に!」


 いつの間にか。

 いつの間にか、死霊術師に肉迫していた大板ちゃんが、その杖にカットラスを……いや、その腕に対して、強く、強く。


「余計なことしないで!!」


 振り下ろす。

 肉と骨の立たれる音。腐っていたし、疎になっていたから切り落とし得たのだろう。

 悲鳴を上げて杖を手放す……というか斬られた腕を抑えて下がる死霊術師。杖を蹴っ飛ばす大板ちゃん。

 

 その身体からは、金色のオーラが蒸気のように放出されていた。


 あれぇ。


 大板ちゃんは右手のカットラスをビシッと死霊術師に向ける。

 向けて、宣言する。


「恨みとか、痛みとか、知らないけどさー。――私の友達を傷つけるなら、殺すよ」


 神宮司君の顔をしているとか、あの子には関係なかったらしい。

 そのままの勢いで、彼女は死霊術師の首を切り落とした。クロス斬り……いや十字斬りかな? アンデッド特効のあるスキルだ。


 召喚士の消失により、アークリッチ達も還っていく。

 そう、vs召喚士は神宮司君の作戦だった一対一を行って各個撃破の後に叩く、ではなく、多少の犠牲に目を瞑ってでも召喚士を叩く、が大正解だ。

 

 ダンジョンボスであった死霊術師が倒されたことで、上空で朱雀を追いかけていたカラスも、廃村にいたゾンビも、その全てが消えていく。


「お、大板さん! ダンジョンコア! コアを壊して! じゃないとまた復活するかもしれない!」

「あー、そうだったー」


 神社。その本殿の奥にあったコアが破壊される。

 今度こそ世界に罅が入った。今度こそ世界が光に包まれていく。

 ダンジョンから探索者が排出される。その兆しだ。


「……あー、カッコつかねぇ。女子二人が強すぎだろ」

「うん……もっと強くならないと」

「さえー、外出る前に足、足ー」


 外に出たらスキルを使えなくなるから足を治した方が良い、ということなんだろうけど、ごめんね、希。

 光に包まれていく三人から――少し、退く。一歩下がる。


「さえ?」

「ちょっとやることあるから、先出てて」

「え、さえ? 危な」


 消える。

 光と共に、三人が。

 

 さて、じゃあちょっとダンジョンの崩壊を止めて、首を掻き斬られた死霊術師の所へ行こうか。

 その身体を、その頭を見下ろす。


「なんで死んだフリなんかしたの?」

「……負けたからだよ」

「それだとあの子たちの経験値にならないじゃん。死霊術師の弱点は首や頭部じゃなくて、体のどこかに隠し持っている宝珠だって今知っておかなきゃ、いずれ危ない目に遭う。君みたいな丁度いい雑魚が練習台としてとっても良かったんだけど」


 首のない死霊術師の身体をまさぐって、そこから紫色の宝珠を取り出す。

 そこにびっしりと張り付けられた、札、札、札。

 明らかに人工物。死霊術師の宝珠にはこんなもの張り付いていない。


「見せられないか、こんなの」

「……魔神め。どこまで知っている」

「全部。君が忘れてしまったことも、今次第に思い出しつつあることも含めて、全部知っているよ。――君こそ、創造主の顔も忘れちゃった?」


 宝珠へ、徐々に力を込めていく。

 ピシ、ピシと罅の入っていくソレ。


「ダンジョンのモンスターが人間に良い様に使われて、己さえも忘れて。無様だね。罰として、君の記憶の全てを消去させてもらう。――精々イチからやり直しなよ、ネクロマンサー」


 砕く。

 掴み、割り砕く。


 さて。

 さぁて、出ますか。足の治療は……まぁ外でやればいいか。骨は折れていないから大丈夫大丈夫。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る