第5話 私有地ダンジョン(2)
きゃあきゃあという鳴き声を聞いたのは、誰が最初だったか。
燃え盛る朱雀に乗って広範囲殲滅を行う神宮司君に、黒い群れが襲い掛かっていく。
たった今バンシーに植え付けた「
百を超えるカラスの群れに、さて、どう対応するか。
「おい、アレやべぇだろ……」
「――問題ない! 三人はゆっくりでいいから、あの神社の方向へ向かってくれ! 僕はむしろこいつらを引き付けつつ、ヒット&アウェイでバンシーに攻撃を仕掛ける!」
もうバンシーを見つけたのか。
これは、アタッカーとしてだけでなく、スカウトのスキルも持ってそう。一人の人間のキャパシティーは決まっているのでそんなに多くのスキルは持てないはずだけど、厳選してるのかな。
「進もう。神宮司君を信じて」
「……ああ、わかった。こっちはゾンビだけだしな。丹親、お前の全体ヒールが神宮司の命綱だ。頼むぜ」
「うん」
そして、こっちだってそんな簡単じゃないことをお知らせしよう。
潰れた廃屋の影からぬぅ、と出てくるのは、腕部の肥大化したゾンビ。区分としてはアームゾンビというソレが、哉張君の挑発に引っかかる。
「やっべ……」
「でっかいのもいるんだー」
私は声を出さない。指示をしない。
全域ヒールで手一杯である風にする。そうなれば当然、タンクの哉張君とサブアタッカーの大板ちゃんが出張らないといけない――けど。
「ッ、無理だ! 守りながらは無理だ。大板、丹親! ――逃げながら神社を目指すぞ!」
「りょーかいー」
「わかった」
良い判断であると言える。
大板ちゃんの火力ではアームゾンビを倒し切れないと判断したのもそうだけど、哉張君が殿を務めるのではなく一緒に逃げる、というのは中々できる判断じゃない。
こういう時格好つけたがって「ここは任せて先に行け!」をやってしまうと、確実に一人が欠ける結果になるから。ここは一緒に逃げるのが最善手。
「丹親、この前AR授業で使ってた結界、あのアームゾンビに使えるか!?」
「使えるけど、それが何になるの?」
「良いから頼む!」
ふむ?
まぁ良いだろう。「
腕部の肥大化したアームゾンビは、その腕の伸縮率を活かして哉張君へ攻撃を仕掛けようと腕を伸ばす――も、風船に阻まれ、バランスを崩して転がる結果となる。
「っし!」
「あったまいー」
「だろ? ……じゃなくて、アレが一体とは限らないし、丹親にあんまり負担もかけてらんねぇ。お前ら二人とも俺の盾に乗れ! 突っ走る!」
良い。
神宮司君だけじゃなく、哉張君も頭の回転が速い。そして単純なフィジカルもあると来たか。
言われた通り盾に乗る。
「
ほほう。それも良い。
今のは正面から受け止めざるを得ない重い攻撃などを軽くするスキルだ。それを、女子二人を運ぶために使うとは。うんうん、いいね。面白い。神宮司君も哉張君も、中々に面白いスキルの使い方をする。
「おー、はやいはやい」
「丹親、お前スタミナ回復ってできるか?」
「……ちょっと手一杯だけど、いいよ。やってあげる」
「すまん、頼む!」
サービスではあるが。
隠れステータスとでも言えばいいか、HPが体力ならスタミナは持久力だ。それの回復は、つまり疲労の軽減、あるいは除去ということになる。
どちらかというとヒーラーではなくエンチャンターとかの領域だけど、運んでもらっている身なんだ、やってあげないこともない。
「さえー、ちょっと頭下げてー」
「うん? ああ、うん」
言われた通りに下げる。
だってそこに、弓を構えた大板ちゃんがいたから。サブアタッカーは何を積んでいてもおかしくはないんだけど、成程弓系のロールを有していたか。
そして哉張君の盾の上という揺れまくる場にありながら、精度が高い。的中率は80%を越える。平地なら100%なんだろう。
「っ、見えた! あそこがラスボスのいる……ッすまん、止まるぞ!」
止まった。
投げ出される私と、その足を引っ掴んで降りる大板ちゃん。
「ありがとう、希」
「ん」
何事かと思えば、そこにいたのはさっき作ったサテュロスさん。
アンデッドモンスターの中では武闘派に位置するモンスターだ。本来はアタッカーが相手をするものだけど、さてどうするか。
「……丹親。全体ヒールだけ継続で、俺のスタミナは気にしなくていい。ゾンビが近づいてきたら大声をだしてくれ。大板、俺とお前でアレを倒し切るぞ」
「おぅいえー」
盾を構え、サテュロスに突進する哉張君。
カットラスを両手に同じく突っ込む大板ちゃん。
うーん。
まぁ作戦としてはアリだけど、全域ヒール、スタミナ回復、結界術の使えるヒーラーを一人残しておくって言うのはあんまり得策とは言えない。
若いからね。教訓は必要だろう。あと、この歳でこれほどのスキルを使い熟せているのだ、成長が楽しみでもある。
だから。
「ぁ」
大声なんて出せるはずもない、感じで。
地面より這い出て来たゾンビに足を掴まれ、引きずり込まれる。
哉張君も大板ちゃんも何かは聞こえていたはずだ。だけどサテュロス相手によそ見はできない。
「どうした、丹親! 丹親!?」
「さえー? 今そっち見れないからー」
あはれ少女丹親さえ。
悲しいことに、君はゾンビに食い殺されてしまうのだ。
「――手を伸ばせ!」
強い声。
思わず手を伸ばす。すると、埒外の強さで引き摺りだされた。もう胸のあたりまで埋まっていたというのに、だ。
感じるのは熱。あと肩が外れた。
「大丈夫かい、丹親さん!」
「……大丈夫、だけど」
「だけど?」
「来るよ。高度落として」
振り切ってはいなかったらしい。
カラスの群れが私達に襲い来る。下ではサテュロスと戦う二人。そして、畳みかけるように――闇色の光線とでもいうべきものが朱雀の翼を穿つ。
「っ、朱雀!?」
「
即時単体ヒールで朱雀を癒しつつ、外れた肩を嵌める。この肉体そのものの強度は人間と大して変わらないので、なんならさっきゾンビに捕まれた脚も変色している。けどまぁ戦いが終わるまで彼らは気づかないだろう。
「バンシーは?」
「倒し切れていないけど、かなり削った……だけど、これは」
「うん。降りて加勢した方が良いね。バンシーも足が遅いから、近づいてきたら分かる。問題はこのカラスだけど」
「それについては策があるから大丈夫。――降りるよ」
降りる。
降りながら神宮司君はサテュロスに一太刀を浴びせた。浴びせて、盾を構えていた哉張君の首根っこを掴み、放り投げる。
一連の流れが流麗過ぎて、哉張君もまだ何が起きたのか理解していない様子だった。
「は――はぁ!?」
「朱雀! 哉張を拾ってやってくれ! 丹親さん、
「てめ、先に説明しろ馬鹿野郎!」
その通りで擁護の言葉も出ない。
ただ、適材適所の観点で見ればこれが一番正しい。朱雀に乗った哉張君へ丸ごと
そこを狙って神宮司君と大板ちゃんが連撃に連撃を重ねる。バンシーの泣き声や、アタッカー二人が傷ついたら即全体ヒール。私にゾンビが近づいてきたら大板ちゃんが一度前線を離れてこっちのサポートに来る。
初めからこれができていれば満点だったけど、それだと朱雀の広範囲殲滅ができなかったりするのかな。
まぁなんにせよ、これ以上の妨害は要らないだろう。まだボスも残っているし。
「さえー、足。大丈夫?」
「……だいじょばないけど、今自分にヒールしてる暇ないから」
「やばかったら言ってー。さえくらいなら運べるから」
「ありがと、希」
神宮司君も大板ちゃんも哉張君も良い子だなぁ。
ちゃんとダンジョンに真剣で、ちゃんと覚悟が決まっていて、人を気遣うこともできる。
ダンジョンマスターさんは楽しくなっちゃうよ、君達みたいなのをみると。
さて、そんなサテュロスなんかとっとと倒して、ボスの所へ行こうじゃないか。廃村ダンジョンのボスは死霊術師――このIF世界で誰が配役されているのか楽しみだ。
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