第4話 私有地ダンジョン(1)

 なるほど、大きい。

 私有地といってもピンキリだから、土管の置いてある空き地くらいの大きさを想像していたんだけど、その想像の十倍はあった。巨大――というか広大。遠くの方に見えるお屋敷が神宮司君の家だとしたら、これは財閥とかそういうアレなのかもしれない。

 そのど真ん中に鎮座する、青紫色の渦。

 ダンジョンの入り口だ。


「久しぶりに来たけど広いなやっぱ」

「なんで敷地内に入ってから車で移動するのか意味ふめー」

「あはは……まぁ、そんなことはいいからさ。これ、なんでここに発生したと思うかみんなの意見を聞きたいんだ」


 ダンジョンの発生原因。その大半はパワースポットや心霊スポットという「地脈が歪んだor滞った地点」に発生するものだ。パワースポットというのは大抵何かしらの特別な石だとか特定の鉱石が集中している場所を指し、そういう所は地脈が歪む。

 避けるようになってぽっかりと穴が開くか、集中するようになって渦となるか。

 心霊スポットはその生き物バージョン。生物の死骸というのはただそれだけで地脈を滞らせるものであり、大量死があれば詰まりが発生するし、殺し殺されがあればこれまた詰まりが発生する。

 

 そういう理屈で自然発生のダンジョンというものはできあがる。私が作るのはまーったくこの法則性に囚われないのでご注意。


 で、このダンジョンはどう見ても渦なので、地脈が集中して開いたダンジョン、ということになる。地脈を吸い寄せる鉱石が地中に埋まっているか、大量殺戮、あるいは恨みつらみによる殺し殺されが起きた場所である、と見るのが普通だけど……。


 ない。

 特別な鉱石が埋まっている気配も、死体もない。ただの私有地だ。

 

「わーっかんね。俺こういうの考えるの苦手だしよ」

「さえー、なんかわかんないー?」

「希は一瞬でも考えることをしようね……。それで、理由。理由か。いくつか挙げられるけど……」

「一応言っておくと、僕の家は特別な血筋とかじゃないし、ここで殺し合いが起きたとかもないよ」

「その辺もちゃんと把握してるんだ」

「勿論!」


 ……いや、一つあったか。

 ここに、この何もない所にダンジョンを発生させる方法が。ダンジョンマスターである私の手を借りずにダンジョンを興す手法が。

 仮にこれが正解なら、やはり下手人は神宮司家だ。そのご当主、ということになるのかな。なんのために私有地にダンジョンを発生させたかといえば……まさか神宮司君がダンジョン大好きだから?

 

 ……あり得る。お金持ちの父親が子供に上げるプレゼントとして、そのこの大好きなものを、と考えるのは全くおかしなはなしではない。


「さえー?」

「一個思いついたけど、言わない」

「えー」

「なんでだよ丹親」

「それよりまず攻略しようよ。神宮司君なら知ってると思うけど、ダンジョンには寿命があるんだよ。だから」

「ええっ! 丹親さん、そんなことまで知っているのかい!? うわぁ、うわぁ、嬉しいなぁ! そう、そうなんだよ。人が来なくなって久しいダンジョンとか、逆に未着手未攻略のまま長期間放置されたダンジョンはいつの間にか消えているんだ。寿命を迎えてね」

「どうどう、落ち着け神宮司」

「あ……コホン。だから、そうだね。早い所入ってしまうべきだ。生まれたばかりのダンジョンとはいえ、寿命がどれほどかは誰にもわからないんだから」


 ざっと二十年くらいかな、この規模だと。

 攻略されたらもう少し伸びるし、中で人死にが出ればもっと伸びるけど。


 じゃあ、みんな。準備は良い?

 神宮司君のその言葉に、皆がちゃんと頷く。……後追いの余計な手出しをさせないように結界でも張っておきますか。


 そうして――私達は仮称・私有地ダンジョンに突入した。


 ++


 降り立った場所。

 そこは。


「……廃村?」

「つーことは、ゾンビか」

「楽勝ダンジョンじゃんー」


 廃村ダンジョン。

 潰れた家々と荒れた道。そして大量のアンデッドモンスターの住まうダンジョンであり、そのボスは大抵が死霊術師。

 それを楽勝だと大板ちゃんが言う理由は二つ。

 まずゾンビというのは動きが遅い。所謂「走れないゾンビ」なのだ。だからサブアタッカーとして俊敏な動きのできる大板ちゃんにとっては障害物にさえならない。またゾンビといえどパンデミックなゾンビではないので、噛まれた所で感染はしない。一応眩暈のデバフがかかることはあるけど。

 第二の理由として、廃村ダンジョンは開けている、ということ。普通に廃れた村だから、空を見れば空が広がり、遠くには水平線も見えたりする。そしてボスのいるだろう場所も酷くわかりやすい。


「神社、かな。アレ」

「気のせいじゃなければ神宮司君のお屋敷があった場所にあるね」

「ああ、本当だ。凄い偶然」


 偶然であるものか。

 これは、というかここはIFの同じ場所。ゾンビに脅かされた世界線での神宮司家――その再現がこのダンジョンだ。

 だからこれら家々はあの私有地に建つはずだったものだし、ゾンビはそこに住まうはずだった人間……を模している。運命とは収束するものであり、今あの地にこの家々と人々がいないのであれば、必然あのお屋敷に勤めている、と推測できる。


 故に。


「っしゃオラ、ぶっ飛ばす、ぐぇっ!?」

「ぶったぎるいえーぐぇ」


 盾で突進しようとした哉張君と、カットラスを両手に突っ込もうとした大板ちゃんを止める神宮司君。

 その顔は――悲壮。


「んだよ神宮司」

「はなせーこのー」


 暴れる二人を、けれど決して離さない。

 彼は……震える声で言う。


「……僕、あの人を……知っている」

「人? ゾンビだぜ、神宮司。それにここはダンジョンで」

「美沙だ……僕の、お世話をしてくれていた四つ上のお姉さんで……あっちは、まさか香畑さん……? 庭師の……」


 ふむ。

 これは、手を出すまでもないかもしれない。

 このダンジョンは神宮司君にとって鬼門中の鬼門だ。恐らく出てくるゾンビの八割が彼の知り合い。もしかしたら彼本人や彼の家族がいるかもしれない。

 

「なんだかわかんねぇが、調子悪いなら撤退もアリだぞ。まだ入ったばっかりなんだ、ダンジョンから出ちまえば」


 という哉張君の言葉に、急いでダンジョンの入り口を閉じる。

 結界張ったから別にいいやとか思ってた。危ない危ない。


「……閉じやがったか。んじゃ脱出アイテムを」


 ――*アイテムの使用を禁ず。

 

 これまた即席でダンジョンに干渉、ルールを変更する。

 さて、入り口がなくなって、脱出アイテムも使えなくなった。なら、ここから出る方法はただ一つ。


「あぁ? ……うわ、ウゼータイプのダンジョンじゃねえか。アイテム禁止ダンジョンとかゴミDに数えられるって」

「まぁゾンビ蹴散らしてけばいい話ー」

「そりゃそうだがよ」


 ゴミD、という言葉に思う所は合ったけれど、今回は神宮司君のポテンシャルが見たくて来ているのだ。ゴミダンジョン結構。私が作った奴じゃないし!


「……ウォークライ」


 どくん、という心臓の跳ねる音。

 風圧は神宮司君から発されたものだ。おお、そのスキルをそうやって使うか。面白い。

 ウォークライは単純に言えば攻撃力アップのスキルだけど、隠し効果として自身を含める仲間の士気向上というものがある。敵対するモンスターのあまりの強さに怯んでしまった味方がいる時に使うと効果的なそれを、今自分が落ち込んでいるから、という理由で使ったのだ。

 いいよ、良い。とてもいい。スキルの理解度が高いのは、ダンジョンに良く潜っている証拠だ。だってダンジョンの外じゃ使えないからね。

 

 ちなみにウォークライと銘打ってはいるけど、特に叫んだりしなくても使える。叫んでも使える。


「ふぅ……うん。ごめん、二人とも。敵はダンジョンモンスター。現実の人じゃない。どれだけ似ていても関係ない」

「別にいいんだぜ? 倒したくなかったらお前は指示してるだけでも。俺達が全部やっちまうからよ。なぁ大板」

「おぅいえー」


 そうだな、神宮司君が復活したというのなら、やっぱりゾンビだけなダンジョンは面白くない。適当に一、二匹のゾンビに対しテコ入れをする。

 一匹は普通に肥大化ゾンビ。

 もう一匹は完全に作り替えて、サテュロスに。


 さらに恐怖を煽るために、屋内にいたゾンビの一匹をバンシーに変える。

 するとバンシーは特有の鳴き声を発してくれた。良い子良い子。


「っ、このは、バンシーか!」

「丹親さん、全体ヒールはできるかい?」

「単体ヒールより効果は低くなるけど、それでいい?」

「構わない! バンシーの泣き声が聞こえてきたらすぐにやってくれ!」


 死を告げる悪霊バンシー。

 アンデッドモンスターの中でもそこそこ強い部類のモンスターで、「その声を聞いた者は強制的にHPの二割を削られる」という効果のある泣き声を放ってくる。泣き声はダンジョン全体に響くため、可能な限り早く見つけて退治する必要がある――が。


「ち、こうなってくるとゾンビの物量が邪魔だな! ……神宮司、俺がヘイトを集める。んで、!」

「ああ、もう大丈夫だ。やってくれ哉張!」

挑発タウント!」


 バラバラな方向、バラバラな目標に向かって歩いていたゾンビ達が、一斉に哉張君を見る。なんだ、ARより練度が高いじゃないか。やっぱりARの模擬練習はある程度一律になるようになっているのかな。


「大板さんは」

「さえを守ればいいんでしょー」

「ああ、頼む! 僕がバンシーを探す!」


 言うが早いか、神宮司は親指を噛む。

 そしてその指を……血の滲んだ指を大きく振った。飛び散る血液。けれど地面に落ちることは無く、中空に円を描く。

 

 へぇ、へぇ!

 ただのアタッカーじゃないとは思っていたけど、面白い組み合わせだ。


召喚サモン:朱雀!」


 業炎と共に現出する、赤を煮詰めたかのような色の鳥。

 幻獣……いや、これは、もしやどこかのダンジョンボスかな。成程、確かにこんなのARで再現できるはずがない。だけどまだ何か隠しているなぁ。


「丹親さん! 君のヒールの効果範囲は?」

「ダンジョン全域」

「……! そうか、すごいな……うん、やっぱり、学校に来てよかった。世界にはすごい人だらけなんだ」

「感動してるところ悪いけど、アタッカーとしての務めを果たしてほしいかも」

「ああ、勿論!」


 神宮司君が朱雀に乗る。そのままの勢いで飛び立ち――炎の雨を降らせ始めた。やっぱりダンジョンボスだ、アレ。召喚士のスキルにあんなオーバーパワーな召喚獣はいない。

 自分でテイムした、ってことかな。だとしたらすさまじいけど、誰かの助力があったとみるべきだろう。さっき私達がダンジョンに入ろうとしていた時、後ろから四人パーティと三人パーティが入ろうとしていたし。

 保護者、かな。


 話を戻して――朱雀の炎の雨は、凄まじい殲滅力を持っていた。

 ゆっくりと哉張君に近づいて行くゾンビを、哉張君の挑発の効果範囲外にいるゾンビを、全て全て焼き尽くしていく。

 時折響き渡る泣き声には私が全域ヒールで対応して、大板ちゃんは私を守りつつ哉張君の周囲に群がり始めたゾンビを狩って。


 ……安定していて面白くないな。

 バンシーに能力を追加しようか。そうだな。


 召喚には召喚で、とかどう?

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