第3話 ダンジョン攻略専門学校(3)

 スキル。魔法。戦技。

 古来より呼び方は様々だけれど、現代日本ではスキルで定着している。ダンジョンの中でのみ使用可能な超常現象。ダンジョンの外でこれを使うことはできないけれど、AR及びVR技術の発達からその練習までは可能になった現代において、しかし今の授業はなんと座学。

 座学である。

 

「タンクの基本スキルである挑発には、効果のない敵が存在する。この前のAR授業でもあったなー。じゃあ山神、その相手とはなんだ」

「えーと、待機状態のバット系、プラント系、あと聴覚視角で敵を捉えてない奴らには効かないはず……だと思います」

「そうだな。だからこの前のケイブバットは山神を狙わなかった。では、そういう敵に対してタンクはどういう行動を取るべきだと思う?」

「前者は起こしちまえばいいです。後者は……ヘイト管理でできることはないんで、味方を守ることを優先するか、下がるとか」

「良い答えだ」


 都立探索者育成学校ではこういうスキル一つ一つの説明を、全部のロールの子に対して行っている。タンクだけが覚えていればいい、という話ではなく、タンクではない生徒にも何ができるか、何ができないのかを知っておいてもらった方が生存率が上がるからだ。

 専門学校に通わずに独学で……つまりネットの情報だけでダンジョンに向かうパーティには、こうやって他ロールのできることできないことを知らずに無茶ばかりを求めて全滅する、なんて所も珍しくはない。

 

 そういう時は大抵「そんなこともできねーのかよっ!」みたいな筋違いな罵声が飛ぶのだけど、言われている側も大体同じ事を思っているから売り言葉に買い言葉。あとは仲間割れしてモンスターの餌になるのがオチだ。

 加えて、まだ未熟な探索者であれば上級者にはできてもその子にはできない、というのが多々ある。それは回復量だったり攻撃力だったり挑発範囲だったりと様々だけど、自分のパーティメンバーのスキルを把握しておくにもこういう授業は大事なのだ。

 

 ……ダンジョンマスター的にはもう少し粗い授業にしてほしさはある。本当に細かい所までみっちり覚え込ませるから、卒業生の失敗しないこと失敗しないこと。


「タンクじゃない奴らは覚えていて欲しいんだが、タンクはあくまで防御力が高いというだけで、身体は人間でしかない。AR授業で例えると、HPは他のロールと一緒なんだ。だからヒーラーやサブアタッカーはそこのところを気にかけてやって欲しい。実際のダンジョンじゃHPバーなんか見えないからな」

「どうやって気に掛けるのが正解なんですか?」

「基本は経験を積むのが一番だ。タンク側からも『そろそろヤバい』とか『ヒールくれ!』とか声掛けをしてやれ。そうやってどの程度が厳しくて、どの程度まで耐えられるのかを体に刻んでいく」

「初めて組む人だったら……?」

「そういう時は基本はじめっから回復し続けてやればいい。それなら絶対に死なないからな。まぁ、初めて組むならそんな高難度ダンジョンに挑むべきじゃないが」


 なお、現実にはHPバーが無い代わりに根性が存在する。

 それはスキルというよりは本当の根性……不屈の精神の話で、だからどれほどズタボロになったって、生きたいと、まだ死にたくないという強い意思があれば生き続けられる。勿論意識が途切れたらそこでアウトだけど、それを見逃すヒーラーはそうそういないだろう。

 だから、ARダンジョンより現実のダンジョンの方が生存率自体は高いと言える。


 とはいえ高難度ダンジョンだったり、アシッドスライムをはじめとした致死性の高いモンスターに頭からイカれたらご臨終なワケだけど。


「そうだな、じゃあ丹親。タンクの明確な弱点と言えるものは何だと思う?」

「え。……あー、数?」

「……正解は正解だが、もう少し丁寧に答えろ。授業中だぞ、考え事か?」

「じゃあ、量」

「同じだ」


 タンクの弱点。

 それは物量攻めだ。盾というのが体の前面しか守れない構造であることも勿論だけど、たくさんを挑発しておいてたくさんに来られたら困るというのが弱点というか欠点というか。

 勿論盾の大きさを変えるスキルとか、防御範囲を見えている範囲の倍にするとか、そういうのはある……にしても、やっぱりタンク一人ではダンジョン攻略はできない。


 そのためにサブアタッカーが存在する。

 アタッカーが大物を相手にしている間、タンクが引き付けた小物を掃除したり、それから漏れた雑魚モンスターを仕留める役割。火力より手数なのがサブアタッカー。


「丹親の言う通り、タンクは圧倒的な物量に攻められると弱い。ゲームなんかと違って0ダメージ、というものはこの世に存在しないからな。小さなモンスターの攻撃を受けたら、どんなに硬い盾にも蓄積ダメージが入る。それが盾でなければしっかり痛い。痛みは人を怯ませ、隙になる」

「鎧を着こんでくのはダメなの?」

「疲れるだろ、そんな重いもの着てったら」


 その辺は軟弱になったというか、スピード攻略の方が重視される日本では、鎧を着込む、という考え方は古いものとして処理される。たまに防弾チョッキを着て行く人はいるから、防御力に不安がある人がいない、ということはないんだろうけれど、ガシャガシャ音の鳴るような鎧はNGらしい。

 日本にだって昔からダンジョンはあって、歴史の教科書に載るようなサムラーイやブーシがダンジョンに潜ったりなんだりしたんだけどなぁ。ちゃんと鎧も着て刀も使って銃も使ってスキルも使って……。

 

 確かに速度重視だと無用の長物だけど、安全度を高める為なら鎖帷子くらいは会って良いと思うダンジョンマスターである。


「ちなみに、ヒーラーが盾を持つ、というのは昔からある戦法の一つだ。都内でも有名どころがいくつか採用していたな」

「タンクのスキルは使えなくても、盾があるだけで攻撃を防げるから、ですよね」

「そうだ、神宮司。挑発や防御力アップをせずともヒーラーが自身で自身を守れる、というのはかなりデカい。お前達も……特にサブアタッカーがヒーラーを守り切れないことが多いな、と感じたら、ヒーラーに盾を持たせる戦法の採用を考えてみても良いと思うぞ」


 昔は籠手を着けたヒーラーが多かったなぁ。受けの技術を学んだヒーラーは、ある意味でサブタンクと化せる。自分で受けて自分で回復して、という具合に。ただしその戦法だと他者を回復できないので、四人パーティが主流な今ではあんまり使われない。

 昔……だから、こういう「最速攻略」とか「効率!」とかが叫ばれていなかった時代は、単身で挑戦する者も少なくなかったから、そういうことが起きていたわけだ。


 と、言ったところで予鈴が鳴る。

 午後は選択授業しかないため、帰宅する生徒は帰宅を選択するわけだけど……。


 携帯端末のパーティグループに通知があった。

 午後、集まれないか、と。

 ダンジョンマスターさんニヤリの時間である。


 ++


 メッセージを送ったのは案の定神宮司君だった。


「集まってくれてありがとう。あ、でもごめん、今日予定あったりしたかな。あるならそっちを優先してくれていいんだけど」

「俺は無いから大丈夫だ」

「哉張に予定がないのは知ってるよ。大板さんと丹親さんに聞いてる」


 ふむ、先日哉張君を神宮司君の相棒と称したけれど、本当に相棒……親友のような関係なのかな。


「私もないよー。さえはー?」

「神宮司君の目的によって有無が決まる」

「えっ」

「この後お茶しない? とかだったら予定無理矢理つくるよ」


 一応ね。

 言えば、哉張君がぷっと噴き出した。


「あ、いや、ごめん。丹親を笑ったわけじゃないんだ。あっはっは、いやいや、このダンジョン馬鹿がナンパとかするわけないからさ、面白くてつい」

「ダンジョン馬鹿?」

「哉張、余計な事言わないでくれ! ……その、ソウイウ誘いじゃない。けど、まぁその、僕はダンジョンに強い興味があって……僕の家の近くに未攻略のダンジョンがあるから、みんなで攻略しないか、っていう誘いで」

「未攻略ダンジョンー? そんなの今の日本にあるのー? できてすぐ攻略されちゃうじゃんかー」


 大板ちゃんの言う通りだ。

 パワースポット、心霊スポットにできるダンジョンは、そのほとんどが一瞬にして攻略される。パワーインフレが激しすぎるというべきか、もう見つけた者勝ちで最適構成での攻略と、何か特殊なギミックがあればダンジョンから脱出するアイテムを用いて脱出、対策を立ててすぐに攻略、というのがトレンド。

 由々しき事態ではあるけれど、私が直接手を下すというのはダンジョンマスターのプライドがうんぬんかんぬん。

 

 そういうわけで、特に都内に未攻略のダンジョンなんか存在し得ないと思っていたのだけど……。


「ウチの私有地にね、発生したんだ。パワースポットになったとか、心霊スポットになったってわけでもないのに、突然」

「ほぉ、面白そうじゃねぇか」

「私有地ってー、もしかして神宮司君お金持ちー?」

「そうだぜ、コイツん家はバカでかい上に、別荘とか私有地とか沢山あんだよ。だってのにこいつはダンジョンに恋してるから神宮司家の変わり種って」

「哉張、喋り過ぎだ」


 ダンジョンに恋をしている。

 ほほぉーぅ。ほうほう。

 ダンジョン馬鹿という呼称はそういうことか。いいじゃない、いいじゃないか神宮司君。ダンジョンマスターとして歓迎しよう。そして。


「未攻略ダンジョン。それも私有地ってことは、神宮司君たちが攻略しなければずっと攻略されないまま、ってことだよね」

「ああ、まぁ危ないから、父さん達が高位パーティなんかに依頼をしなければ、の話だけど。ただ僕のダンジョン好きは父さんも知ってるから、まだ待っていてくれている」

「自然発生で、未攻略のまま未着手のダンジョン……うん、それはダンジョンが可哀想だね」

「え――」


 ダンジョンというのはパワースポットや心霊スポットのみに現れる、なんてことはない。私が自ら設置する例外を除いても、なんでもない場所に突然現れることは全くないことではないのだ。

 そしてそういうのは大体皆が「現れるはずがない」と思っているところに現れるので、未着手のまま放置されて数年間そのまま、ということも少なくはない。

 可哀想だろう。折角探索者を受け入れるために発生したというのに、放置なんて。

 そのまま寿命が来て閉じてしまうダンジョンもあるというのに。


「に、丹親さん。今ダンジョンを可哀想って言った?」

「あ……えーと、その」

 

 ダンジョンマスターとしての言葉過ぎたか。

 一応ダンジョンって未解明で、且つ「何者かの悪意によって表出している影の存在達の温床」みたいな言われ方してたりするから、人類の敵みたいな扱いではある。

 それを可哀想は、マズったかな?


「僕もそう思うんだよ!」

「え……っと」

「そう、そうだよね、そうなんだよ丹親さん! 未着手で未攻略のダンジョンは可哀想なんだ! 凄い、僕、生まれて初めて僕と同じことを言ってる人に出会ったよ!」

「その辺にしておけ神宮司。丹親、引いてるぞ」

「あ。……ご、ごめん。興奮しちゃった」


 成程ダンジョン馬鹿。

 逸材だなぁ。


「と、というわけで、そのダンジョンに行きたいと思うんだけど、どうかな。勿論脱出アイテムは僕が用意してるから」

「さえー、どうする?」

「私はいいよ。やることないし。希も無いならいいでしょ」

「おけ」

「俺は勿論おぅけぃだ」

「っ、ありがとう!」


 と、そんな感じで。

 未だ専門学生であるにもかかわらず――私達パーティの初ダンジョン攻略が始まるのであった。


 さて、なーにをしちゃおっかなー。

 

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