第2話 ダンジョン攻略専門学校(2)
ダンジョン攻略で最も大事なこととは何か。
それはマッピングだ。最近はマッピングのできるアプリの入った端末を持っている子も少なくはないから大事さが薄れがちだけど、いきなり圏外になったり、突然内部の仕組みが変わるダンジョンもある以上、方角と距離と構造のマッピングは非常に大切な仕事である。
基本的には私のようなヒーラーがやることだけど、神宮司君みたいな頭の良い子はIGLとして指示を飛ばしながら、それでいてダンジョン構造の全てを覚える、なんてこともやってのける。
時代が違えば英雄とかって呼ばれていたことだろう。
「
「おぅけぃ」
「大板さんは丹親さんの護衛をお願いするよ。丹親さん、君は索敵と、僕らが接敵したその瞬間から詠唱を始めて欲しい。どれほどの攻撃力のある敵か、というのは回復しながらでも計れる」
へぇ。
なんだろう、なんで専門学校に通ってるんだろ、ってくらいには場慣れしてる。もしかしてだけど、入学以前からダンジョンに潜っていたのかな。未成年者でロクに戦う術のない子が入るのはあまりオススメしないけど。
進む。一応私もマッピングしながら、廃駅ダンジョンを進んでいく。
うーむん。まぁなんでおすすめしないか、っていうと。
たとえばこういうのが出るから。
「っ、神宮司上だ! いきなりポップしやがった!」
「あの色は、アシッドスライム!? ARとはいえ致死性の高いモンスターなんて……さっきのケイブバットもそうだったけど、この演習何かが……」
致死性の高いモンスター。
ダンジョンは決してレジャースポットではない。情報共有のせいでかなり簡単に思われているけれど、過去には死地とまで言われていた場所だ。罪人を中に入れて、財宝を取って帰ってきたら刑を軽くする、とか。そういう風に使われることもあった。
ああつまり、死んだらそれでいいよ、っていうこと。
「哉張、まともに受けちゃだめだ! 盾を溶かされる!」
「つったってよー、俺はこの盾しか持ってねえぞ。耐酸性のなんて」
「さえ、耐酸付与してよ。できるでしょー」
「……そんなこと
「ヒーラーってみんな付与できるもんなんじゃないのー?」
できはするけど、言った覚えがないのでドキっとした。
けど、なんだ、勘違いか。
確かにヒーラーやってる人は他に何かできることが無いかと模索して、サポーターに手を出す事例も多いから、丁度大板ちゃんの近くにはヒーラー兼エンチャンターな人がいたんだろう。
「できないならいいけど」
「できないね。でもまぁ、こういうことは知ってる」
廃駅ダンジョンだ。
どういう設定か知らないけど、物凄い勢いで突っ込んで脱線したらしい電車が中央に横たわっている。
その近くには、ガラス片も。
「っ、そうか! 哉張、ガラスだ! アシッドスライムは酸性だから、ガラス片によるダメージは防げない! ナイスだよ丹親さん!」
「中学生理科だし、まぁ……」
「それを言われると痛いね!」
投擲。
私のはへにょへにょと放られてアシッドスライムの前に落ちたに終わったけれど、神宮司君、哉張君、大板ちゃんの投げるガラス片の早いこと早いこと。というか、ああ、こうやって攻略が早まるんだろうなぁっていう実感。
昔は化学の基礎知識が一般常識になかったからアシッドスライムはかなり強い敵だったんだけど、今や見る影もなしか。
「
言われた通りに詠唱をする……フリをする。
私に詠唱とか必要ないし。詠唱すると余計な効果まで出ちゃうので、適当に。
「回復? ――後ろだ、哉張!」
「あ? っ、ぐぁ!?」
それは本来のモンスター。廃駅ダンジョンに普通にいる、いておかしくないケイブマウス。まぁ、成人男性の膝下くらいの大きさのある鼠だ。
アシッドスライムにガラス片を投げることに集中していた哉張君は、ケイブマウスの体当たりをモロに食らった。背後から。
一気にゴリっと減るHPバー……も、私の回復術で一瞬にして戻る。
「すまねぇ助かった丹親!」
「反省は後でする! 丹親さん、哉張は目の前のケイブマウスに集中! 僕と大板さんでアシッドスライムを仕留め切る! その後ケイブマウスに加勢するよ!」
「りょ」
反省も何も、突然アシッドスライムがポップしなければ何事もなかった演習だ。
真面目だねえ、神宮司君は。
うん、ちょっと期待できる。良い――ダンジョンをレジャースポットとして捉えていないというか、真剣さが伝わってくるというか。
ダンジョンマスターとしてはそういうの高評価だよ。
だから、もう少しピンチに陥ってもらいたい。
「おぅし、丹親! 一生ヒール頼むわ! 俺も受け続けっからよ!」
「それはいいんだけど、あの奥の光何だと思う?」
「奥の光?」
ポップさせる。ポップさせる。
AR機器に干渉して、あり得ない量のケイブマウスを電車の奥にポップさせる。
「……!」
「なにあれ、やば……」
外で先生が何か騒いでいるけれど、こっちに声は届かない。妨害も完備でござーい。
さて、たかがケイブマウス、されどケイブマウス。
ARといえどあの量の鼠に食いちぎられる、という体験は、ともすればトラウマになりかねない経験だ。
どうする、さぁどうする神宮司君。君はどんな判断を。
「っ、棄権する! 帳先生、AR装置の強制終了を!」
おお、それも良い判断。
パーティメンバーを気遣えている。私と大板ちゃんという女子二人がいるから、というのもあるだろうけど、ダンジョン慣れしていない専門学生にそういうトラウマは負わせられないと判断したのだろう。
だけど、だけど、終わらない。終わらせない。
もう完全にAR装置の制御は取った。外部から制御権を奪うのなら、私の干渉力に勝るクラック技術でもないと無理だ。
「終わんないけどー、あれやばいよー」
「何かトラブルが起きているみたいだ……」
「逃げるってのはどうだ! どっかに部屋でもあれば、俺がバリケード設置できる!」
「そこに車掌休憩室があるけどー」
「……いや、ダメだ。逃げ場のない空間に入って、モンスターがその中にポップしたら最悪だ。それに、破られるのが扉だけとは限らない。窓や、壁をも突き破って来た時がマズ過ぎる。……いや、まてよ? だから……」
考える時間は与えない。
様子見に設定していたAIを戦闘に切り替える。
途端、倒しかけのアシッドスライムも、先頭にいるケイブマウスも、その奥でひしめき合っているケイブマウスたちも。その全てが一斉に襲い掛かって来た。
「やば」
「クソッ! ヘイトは俺が集める! だからお前ら逃げ」
「哉張!! く、っそぉ……!」
ろ、まで言うことなく、哉張君はケイブマウスの群れに飲まれる。
……仲間が襲われるまでに判断は下せなかったか。まぁまぁ、その辺の判断力の遅さを改善するために専門学校に来たって感じなのかな。
あるいはAR空間では発揮できない特殊能力の類がある、とか。それだったら面白いんだけど。
さて、じゃあこの演習は事故として片付けられるだろうけれど、神宮司君に覚えてもらうために少しだけ面白いことをしておこうか。
「
膨らむ。
何がって、哉張君の周辺が。
それは球形の結界のようなもの。結界というには薄いけれど、確実にケイブマウスを哉張君から引き離す。寄せ付けない。
「丹親さん……?」
「哉張君、起きてるー? ヘイト集中系の奴なんかやってほしい。モンスターがこの結界に引っ付いてる間に、希と神宮司君で全部叩き斬っちゃってもらうからさ」
「――あぁ、できるぜ!
おお、存外根性のある子だったらしい。
タンクである彼の放った挑発は、周辺にいたモンスター全ての敵意を引く。だから当然すべてが群がり――けれどこの結界は破れない。
破れないから、表面積の問題で結界に辿り着けないケイブマウスが現れ、そういうのはみんな下に張り付いているケイブマウスに攻撃していく。知性はほとんどないからね、自分が自分が、となって自滅していくのであーる。
「っ、大板さん! やるよ!」
「おういえー」
一匹だけいるアシッドスライムは避けて、神宮司君と大板ちゃんの猛連撃がケイブマウスを斬り殺していく。なんならアシッドスライムはケイブマウス殺しに助力してるな。
無数。本当に無数にいたケイブマウスたちも、無防備に背中を切り裂かれていけば、段々数を減らしていく。
「
哉張君は哉張君で、挑発スキルの効果時間を心得ているらしい。
しっかりと切れかかるタイミングでかけ直しをして、出来る限り消費を少なく、そして途切れさせないようにヘイト管理をする。
いいね。
神宮司君と大板ちゃんの攻撃力も申し分ない。うん、神宮司君が成長したらいいパーティになるよこれは。私がいるから一生困難の連続に苛まれるだろうけど。
そうして、全てのケイブマウスを斬り捨て、アシッドスライムもガラス片で退治したあたりで、ようやくARが終了する。私が制御権を手放したからだ。
「大丈夫か!?」
終了してすぐ先生が入ってくる。焦り顔は青を通り越して白。まぁ機器の不調で生徒にトラウマを、なんて学校側の不祥事どころじゃないから、責任を考えただけで震えるというもの。
そうでなくとも単純に生徒が心配だったのもあるかな、この先生は。
「……っぷはぁ、……疲れた……」
「四人共すぐに医務室へ! 歩けないのはいるか? いたら先生が運んでってやるからな!」
「つかれたー、けど、センセに運んでもらうのは嫌」
「お疲れさま。希、私が運んであげようか」
「……いい。歩く。途中で重いからって言って落とされそうだしー」
「何故バレた」
「さえは絶対そういうことすると思った」
大板ちゃんにフラれてショックを受けている先生はともかく、本当に疲れただろう哉張君は……かなり落ち込んでいる神宮司君に肩を貸している。
哉張君も哉張君で良い友達らしい。神宮司君が英雄なら、哉張君は相棒になるのかな。
とにかく、これでAR演習ではない普通の実地訓練の時パーティに組まれやすくなったことだろう。
彼の本来の力を見せてもらうのはそこ、ってことで。
「……丹親さん」
「うん?」
「ごめん。助けられた。……次は僕が助けるから」
ほほう。
少し暗い顔。これは何か抱えてるな?
いい。本当にいい。現代では珍しい程ダンジョンに熱のある子だ。ダンジョンマスターとしてはこれほど良い栄養もない。良いダンジョンを作って恐怖しつつ楽しんでもらい、成長しつつ絶望してもらいたいという気になれる。
いい気分だ。
……今回のことでAR機器の製造元とかが責任追及されたりしたらごめんなさい。一応謝っておくことがあるとすればソレかなって。
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