ダンジョン攻略専門学校に通っているけどダンジョンマスターではある。

浮添尾軸

第1話 ダンジョン攻略専門学校(1)

 ダンジョン。

 現代日本においてこの言葉が指すものが何かといえば、所謂心霊スポットやパワースポットのことだ。

 普通に過ごしている分には関わることのないこのダンジョンは、けれどひとたび足を踏み入れたが最後、魑魅魍魎の蔓延る位相空間へと連れ去られ、そこに住まうモンスターを倒す冒険の始まりとなる。

 ダンジョンボスを倒し、その最奥にあるダンジョンコアを破壊することでこの現実世界に戻ってくることができる――まぁ、レジャースポットだ。

 そう、レジャースポットなのである。

 現代日本にあるダンジョンはその大体が攻略され切っていて、さらに今インターネッツやSNSで情報交換ができてしまうものだから、それはもうスピード攻略の嵐。

 パワースポットや心霊スポットが生まれたら、大体の確率でダンジョンも生まれるものなのだけど、生まれたが最後、みんなが挙って入って最速クリアを目指す、とかそういう時代になってしまっている。

 

 由々しき事態である。

 何を隠そう私がダンジョンマスターなのだ。そう、ダンジョンマスター。ダンジョンのマスター。マスターダンジョナー。

 云千年前からダンジョンというものを設置して、人間が攻略したり苦戦したり、時には死したりするのを眺めて来た、割合ちゃんとした悪の部類のダンジョンマスター。

 ……なのだけど。 

 上述の通りの現状である以上、最近楽しみというものが減っている。凝った作りにすると「面倒と面白いは違う」とか「周回向きじゃない」とか言われて入られなくなるし、だからと言ってシンプルなダンジョンじゃ私が面白くない。

 報酬は無制限に出せるし、作るのだって特に労力は要らないんだけど、私が面白くない。


 それが昨今の悩み。

 どうしたものか。どうすれば現代日本人にこう……程よい恐怖を与えつつ、ギリギリのところで攻略できない、を体験させられるのか。


「さえー? そろそろ移動教室だよー?」

「あ、うん。ありがと」

「いいのいいのー」


 まぁ、考えて考えに考えた結果がコレだ。

 ここは都立探索者育成学校……つまり、ダンジョン攻略の専門学校である。

 専門学校に潜入し、嘘の情報を流す……だとすぐにバレるので、どうにかこうにか足を引っ張ったり、リアルタイムでダンジョンを組み替えていい具合に難度を調整する。


「さえー。もう予鈴鳴るよー」

「今行くー」


 丹親にちかさえ。潜入用の名前であり、私の本名を捩った遊び心の詰まった名前である。渾身の作品だ。

 さて、あまりオトモダチを待たせるのも良くない。

 運動用のシューズを持って教室を移動する。次の授業は、AR空間での模擬ダンジョン攻略である。


 ++


 昨今の技術の進歩というのは凄まじいものであると私は思う。少なくとも私がダンジョンを作り始めた時代にはこんなものは無かった。

 強化ガラスで仕切られた向こうで、その場から動くことなく上体だけを動かしている男女。こちら側の部屋にモニターがあって、各々の視点と俯瞰視点が写っている。

 

「いいかー? 今見ていてわかるように、ヒーラーである七咲の視点がずっと地面にあるだろ? これは疲労感や緊張、そして尻込みといった様々な要因から来るものだが、これじゃあ味方の体力が全く分からない。これはダメな例だ」

「でも行けてますよ」

「それはパーティリーダーの山神の声掛けが素晴らしいからだな。自分も攻撃を行いながら、それでいてパーティ全体が見えている。回復、撤退、スイッチ、攻撃。恐らく山神の頭の中では完璧な答えが出来上がっているんだろう」


 所謂IGL(In Game Leader)という奴。元はゲーム用語だったんだけど、ダンジョン攻略がゲーム感覚で行われるようになってからは、こっちで使われることも珍しくなくなった。

 ダンジョン攻略は基本タンク、アタッカー、サブアタッカー、ヒーラーの四人で構成される。この内サブアタッカーがIGLを務めることが多いかな。時折タンクの子がやったりもするけれど。

 自身を含めた現状を俯瞰視点で見て、次にどこへ行くか、今どういう対処をしたらいいかを決める役割。訓練は必要だしセンスも問われるけれど、上手い人がやったらどんなダンジョンでもすらすら攻略できるようになるから、専門学校を出た後は引っ張りだこになりやすい。

 

 だけど、たとえば。

 ARに干渉する。本来プログラムされていないモンスターを山神君の上に出現させる。


『え、うわ!?』

『ケイブバット!? くそ、気付かなかった!』

『く、この!』

 

 と、このように、常に全体を見渡しているから不意打ちに弱い。

 

「あー。ケイブバットか。あれは潜んでいる時は音がしないし、タンクのヘイト管理スキルにも引っかからないから見逃してたんだろうな」

「山神君HPヤバ目じゃないですか?」

「七咲はヒーラーだからケイブバットを追い払う力がない。岩登美と浦安は間に合わない。これは」


 パリン、なんて音がして、山神君の姿が消える。

 勿論現実ではHPバーなんかないし、あんな風に消えたりはしないのだけど、ここはAR空間。視覚的にわかりやすいように強調されたエフェクトとして、アレが死亡の演出となっている。

 山神君は死亡者扱い。もう声を出すこともAR内部の何かに触れることもできなくなった。


『くそ、山神! すまねぇ俺のミスだ!』

『言ってる暇ねえぞ岩登美! 七咲がやられる!』

『きゃあ!?』


 そう、当然ケイブバットは次なる獲物を求める。そして最も近くにいたヒーラーである七咲ちゃんに襲い掛かるのだ。

 しかし、そこはタンクの岩登美君。


『おら、こっちだこっち!』


 自身の持つ大盾をガィンガィンと叩いてケイブバットの気を引く。そして浦安君が猛ダッシュしてケイブバットを切り刻み――。


『え、うわぁ!』

『岩登美!?』


 ケイブバットが出てくる直前まで戦っていたクレイゴーレムに圧し潰されてジ・エンド。岩登美君を助けるべきか、七咲ちゃんを助けるべきか。浦安くんが戸惑っている間に七咲ちゃんのHPバーが全損、これでエンド。

 最終的にケイブバットとクレイゴーレムに挟まれて浦安君もデッド。


 全員が死んだら、ARが終了して彼らも現実の肉体に意識を戻す。

 

「すまん! あそこで死ぬべきじゃなかった! ホントごめん!」

「いや見逃した俺が悪いって」

「連帯責任だよ。山神だけが悪いわけじゃない」

「私も、すぐに回復してあげてたらよかった……のに。ごめんね」

「おいおいお前ら、すぐに反省会というか責任の奪い合いは良いことだがな、今は授業中だ。こっち帰ってきて、何が悪かったのか話し合って一個だけ出してみろー? 誰が悪いのか、じゃないぞ。何が悪いのか、だ」


 という感じで、この学校はダンジョン攻略を本場っぽく学んでいく。

 こういう学校が日本のそこらじゅうにある。そりゃ最速攻略組とか出てくるわけだよ、って話で。


「よし、山神の班が話し合いをしてる間に次行くぞ。丹親、大板、哉張かなばり、神宮司」

「さえー、行くよー」

「流石に今のは聞いてたって」


 私のポジションはヒーラー。現地で実習とかあるから、私が前にいるとモンスター逃げちゃうから、という理由と、ヒーラーは基本一番後ろにいていいのでリアルタイム操作がしやすい、って理由がある。

 神宮司君がアタッカー、哉張君がタンク、オトモダチの大板ちゃんがサブアタッカーを務めるこのパーティは、数あるパーティの中でもかなり珍しい例で、アタッカーである神宮司君がIGLをやっている。

 理由はまぁ大板ちゃんの性格的にIGL向きじゃないから、というのが大きいけれど、神宮司君が所謂主人公気質なのも大きい。

 

 彼の声にはカリスマがあるのだ。実際気付いていないだけでパッシブカリスマもってるみたいだし。


「よし入れ」


 AR専用空間にはいる。

 椅子に座って、目を瞑って十秒。

 目を開けたら――そこは駅の構内らしき場所。


『おー、珍しい所引いたな。廃駅ダンジョンだ。神宮司、経験は?』

「ないです! でも、精一杯やります!」

『その意気だ。哉張達も神宮司をちゃんと支えてやれよー』

「はい!」


 と、こんな感じで。

 ARダンジョンの攻略が開始するのであった。

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