第19話 騎士というもの

 後宮に泣き声が響く。

 白白明けの空に吸い込まれそう。

 初めてみた。

 しわしわで真っ赤な生まれたての赤ちゃん。

 生きているのが不思議なくらい小さくて、けれど力強い。


「おめでとう。元気な男の子ですよ。」


 その言葉を聞いたディアナは、安心したように微笑むと、ふぅっと意識を手放し眠りについた。


◾️◾️◾️


「こんなところに隠し通路があったのか。」


 隠し部屋を詳しく調べてみると、地下に伸びる隠し通路があった。


「この先はアルデルーナ城に繋がっているそうです。」


 ミモリが涙を拭いながら答えた。


「ディアナ様はあちらの方の隠し部屋から逃げて来られたそうです。」


 何日も、あの大きなお腹を抱えて、ここまで歩いてきたらしい。

 本当に無事に生まれて良かった。


「無事だったなら、なぜディアナ様は我々に助けを求めなかったのだ?」


「それは……」


「あの、話の腰を折って申し訳ないんですが、ディアナ様って何者なんですか?」


ミモリが言い淀んでいるので、話に割って入ることにした。


「ディアナ様はシルバー陛下の第5妃にあらせられます。」


「じゃあつまり、あの生まれてきた子は……」


「はい、アイリス陛下の異母弟君になります。」

 

 頭の中でファンファーレが鳴ったと思った。


「やった……やったー!」


 思わず立ち上がり、両手を高く上げる。


「へ、陛下?」


「あ、す、すみません。嬉しくてつい。」


 マイルズが少し苦い顔をしているのを横目に、再び座り直す。


「本当に無事で良かったです。あとはディアナ様と、お、弟が、安心して暮らせる環境を整えましょう。」


 嬉しくて口元のニマニマが抑えられない。


「あ、アイリス陛下はディアナ様のお子様が産まれて嬉しいのですか?」


 その様子を見て、ミモリが私に尋ねた。


「嬉しいに決まってるじゃない。生き残った人がいたことも、私と血の繋がった家族が生まれたことも、この国の危機に、後継者になりうる人物が現れたことも。ぜんぶ嬉しい。」


「う、ううぅ……よかった……」


 ミモリが突然泣き出す。


「ずっと私たち、怖かったんです。陛下に、疎まれるのではないかと。」


 しばらくの沈黙。

 そして、私はその言葉の意味を噛み砕いた。


「あ、あぁなるほど。それで隠れてたのね。」


「どういう意味だ?陛下がそのようなことをするわけがなかろう。」


 アルフレッドだけは分からなかったようで、首を傾げる。


「こういうヤツだから内政に向かないんだ。」


 マイルズが呆れ顔でアルフレッドを指差す。


「な、なにを……」


「いいか、俺たちは陛下のお側で人となりを知っているから愚かな行為だと思うだろう?」


「あ、あぁ。」


「だが、ディアナ様からしたら、命からがらあの惨事から逃げ延びてきたら、どこの馬の骨とも知らぬ女が女王の座に座っていたんだ。恐怖だろうさ。なんなら、あの惨事すら、陛下が女王の座を手に入れるためにやったことなのでは、と疑っても仕方あるまい。」


 うんうんとリザがうなずく。


「そこまででなくとも、女王になられた陛下がその座を惜しみ、ディアナ様親子を疎むのではと疑うのは理解できます。最悪を想定してしまうのは、子を宿した母なら当然です。」


 そう言いながら、リザがみんなに暖かなお茶を出す。


「ミモリはずっとディアナ様を守っていたのね。もう大丈夫。私は2人を守るって約束するわ。」


 その言葉にミモリは、わっ、と堰を切ったように安堵の涙を流した。リザはそんな彼女の背を労わるようにさする。


「アルフレッドさん、ちょっとこちらに。」


「は、なんでしょうか?」


 ミモリをリザに任せることにし、私たちは廊下へ出た。マイルズも付いてきたのは、まあ、仕方がない。


「アルフレッドさんにとても大切なお願いがあるのだけれど、いいかしら?」


「は、何なりとお申し付けください。」


 ドン、と胸を叩く音がとても頼もしかった。

 横でマイルズが苦い顔をしている。

 口出しをしないでいてくれるのは助かる、と同時に申し訳なさが首をもたげる。


「アルフレッドさんに王冠召喚をお願いしたいの。」


「はっ!……はっ!?」


「アルフレッドさんは先程生まれた子を除いたら、王家の血を濃く受け継いでいる数少ない生き残りだわ。」


「あの、はい、確かに。」


「私にもしもの事があった時、あの子が成長するまでの間でいい。この国を支える存在が必要だわ。貴方ならそれを任せられる。勝手なお願いだってわかってる。でも、お願いします。」


 そう言って深く頭を下げる。


「陛下……」


 しばらくの沈黙。そしてゆっくりと、落ち着いた声が耳に響く。


「陛下は、ご自身のお命を軽くお考えではありませんか?」


 その言葉にどきりと胸が震えた。アルフレッドが跪き、下から私の顔を覗き込む。


「なぜ、お亡くなりになる前提で物事をお決めになるのですか?我々はそんなにも頼りにならないでしょうか?」


「ちが、そんなこと……」


 でも確かに、アルフレッドの言うとおりだ。自分が死んだ時のことばかり心配している。


「考えるならば、守りを固めることをお考えください、陛下。」


 カチャリと剣に手をかけ、アルフレッドは深く深く頭を下げた。


「自分は騎士です。王冠を授かってしまえば、もう命を賭して陛下をお守りすることが叶わなくなります。即位宣言を聞いた時より、この命、陛下よりも後に散らすつもりなど毛頭ございませぬ。どうか最期まで陛下のお側で支えさせていただきたい。」


 ああ、私は自分の事を何も分かっていなかったのだ。

 とっとと王位を退き冒険者を目指すと言いながら、弟が生まれたにも関わらず、まだ他の後継者にこだわるのは、アルフレッドの言う通り、頭のどこかで私はいつ死んでもおかしくないと思っているからだ。


 だって生前の私にはそれが普通だったから。


 私はゆっくりと顔を上げる。

 目が覚めたような気分だ。

 目の前にアルフレッドと、マイルズがいる。

 寝室にはリザがいて、お城にはレックスと、トラヴィスがいる。私には、こんなにも頼りになる人たちが側にいるのだ。


「ありがとうございますアルフレッドさん。」


 私はアルフレッドの肩に手をかける。


「私、女王の役割をちゃんと分かっていなかったみたい。これからは皆さんと共に、この国を支えてゆきましょう。」


「は、喜んで。」


「あぁ、そうだな。」


 2人の力強い返事に私も大きく頷く。


「そうと決まれば、次にすることは明白ね。」


 くるりと身体を再び寝室の方に向ける。


「あの隠し通路のこと、調べなきゃね。」

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アイリス記〜新女王は冒険者志望の転生者なので万能です〜 紅井 茶々 @kou_chacha

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