第18話 後宮の霊の正体

 就寝時間となった。

 私は枕元の灯だけつけておくことにする。

 いや、べつに幽霊が怖いとかそういうことではないのだけれど。

 信じてないわけでもないので。うん。


「ベッドが広すぎる。」


 思わずため息が出る。

 普段のお城のベッドの方が小さく感じるとは思わなかった。


「用途が違うのは分かるけど、こんなに広い必要もないと思う。」


 ひとりごとを声に出してしまうのも、広すぎるベッドのせいだ。


「ミモリもリザも冷たい。これだけ広いんだから一緒に寝てくれたらいいのに。」


 2度目のため息をつくと、私はぼんやり天蓋を見上げる。

 アルデルーナの件での疲れが出たのか、私はいつの間にか意識を手放していた。


◾️◾️◾️


——誰かいる。


 違和感と警戒心が意識を眠りから引きずり上げる。

 覚醒したけれど、目を開けるには少し勇気がいた。

 ベッド脇に誰かが立っている気配がする。


 やだなぁ出たかなぁ。と頭に過るけれど、様子を見にきたリザかもしれない、と思い直した。

 最悪の状況を想定しつつ、私は勇気を出してゆっくり瞳を開く。


 すると——


「マイルズ、さん?」


 想定外だった。

 幽霊かリザかミモリの3択だと思っていたのに。


「こんな時間にすまない。不敬は重々承知だが、これ以上は近づかないと約束する。だから俺の話を聞いてほしい。」


「いえ、別に大丈夫ですよ。」


「な、なにをして……!」


「え?だって近づかないと話しづらいじゃないですか。ベッドが広すぎるんですよ。」


 私が布団から這い出てきて、ベッド脇まで近づいてゆくと、マイルズが明らかに動揺した声を出した。


「で、話ってなんですか?」


 ベッドの端に座り、マイルズを見上げる。

 マイルズは深い深いため息を吐くと、その場で膝を付いて逆に私を見上げた。


「先ほどの風呂場での話……アルフレッドに王冠召喚をしてもらうというのは本気なのか?」


「え、ええ。夜は光が目立つから、朝にやろうと思っていたのだけど。」


 私の言葉にマイルズが目を泳がせる。


「今回の件で思ったの。私の後継者が必要だって。」


「それは、陛下が危険なことをしなければ……」


「でも、万が一に備えておくのは悪いことじゃないでしょ?今日一緒に過ごして、人柄も人望も申し分ないって思った。いとこだからってだけじゃない。アルフレッドは王冠に相応しいわ。」


 マイルズが頭を振った。


「アイリス陛下。アルフレッドを高く評価してくれるのはありがたいが、やめてやってくれないか?」


「どうして?」


「アイツは、なんというか、騎士以外の生き方は向かない男だと俺は思う。無理強いしないでやってほしい。」


 あのマイルズが眉を下げ、言い淀みながら私に直談判をしている。

 これはきっと、彼の性格から考えて、珍しい行動だろうと思った。

 本当にアルフレッドを心配しているのが伝わる。


「数日前まで一般人だった16歳の女の子を女王にするのはいいのに?」


「あ、いやそれは……」


「ふふ、ごめんなさい。意地悪だったわ。」


 穏やかそうな顔立ちのくせに、勝気なマイルズの困り顔は少しかわいいと思ってしまった。

 くすくすと笑う私に、マイルズはバツが悪そうにする。


「私はね、マイルズさん。味方が欲しいの。」


「味方?」


「そう。絶対に信じられる人。貴方みたいに。」


 マイルズが私の言葉に目を見開く。


「気づいてる?アルデルーナ城倒壊から何日も経ったけれど、それ以外の何も起こらない。これはおかしいわ。」


 テロリストの犯行なら声明が出る。

 多種族の犯行なら宣戦布告が来る。

 そのどちらも無いというならば、犯人は……


「城の中、か?」


 私は否定も肯定もせず、静かにマイルズを見つめる。

 その態度に、マイルズは私の言いたいことを汲み取ったようだ。


 しばらくの沈黙。


 しかし、2人の時間は急に終わりを迎えた。


「なにか、聞こえなかったか?」


 突如マイルズが警戒心を全身から発する。


「え?」


 息を殺し、耳をそばだてる。すると、


——ぅぅぅ……


 聞こえた。

 苦しそうに呻く、女性の声。


「ゆ、ゆうれ……」


「そんなバカな。」


「陛下なにかございま——何をしているんだマイルズ!?」


 突然乱入してきたアルフレッドに、私たちは、しーっ!と静かにするよう人差し指を立てて口の前に当てる。

 すると真面目なアルフレッドは瞬時に自分の手で自分の口を塞いだ。


——ぁぁあ……


 やっぱり聞こえる。女の人の声だ。

 くぐもっているけれど、さっきよりもしっかりと聞こえた。

 アルフレッドも事態が飲み込めたらしい。


『風よ、空気よ、姿を表せ。』


 私が指を振ると、部屋の中が水中のように、空気の波が視認できるようになった。

 ゆらゆらとたゆたうその動きを目で追っていると、一部が大きく揺らいだ。


「あちらか。」


 どうやら大きなタペストリーの飾られた壁の方から聞こえるようだ。

 アルフレッドがタペストリーを剥がすが、そこには石積の壁があるだけだった。


「どういうことだ?」


「この中、何かあるのかも。」


 私が耳を壁に押し付けると、確かにその先から声が聞こえた。


「どういうことだ?こちら側に部屋は無いはずでは?」


 マイルズの言葉に、数時間前に抱いた違和感の正体に気づく。


「隠し部屋があるのかも。」


「なに?」


「この寝室より隣のお風呂場の方が広く感じたの。家具のせいかと思ったけど、気のせいじゃ無かったのかも。」


 壁をひととおり触るが、スイッチやドアのようなものはわからない。


「わずかに魔力を感じる。なにか呪文がいるのか……」


「陛下、失礼します。『砂となれ!』」


 アルフレッドがそう叫び、剣を壁に突き立てる。

 すると剣先から稲妻のような光が走り、石と石の間を駆け抜け、そこからガラガラと音を立てて壁の一部が崩れ落ちた。


「きゃああ!」


 壁の向こうにある空間にいたのは、意外な人物だった。


「み、ミモリ……?」


 ミモリが、白い布を被った何かに覆い被さり、震えながらこちらを見上げていた。

 睨みつけるように。


「来ないで!来ないで下さい!」


「なぜあなたがここに?」


「ううぅ……」


 布の中から、先ほどの苦しそうな呻き声が聞こえた。


「なにを隠している!?」


「だめ!だめ!」


 マイルズが布に手をかけようと近づくと、ミモリが必死で覆い被さる。


「ここは陛下の寝室の真隣だ。そこで隠し事をしていたとなれば、きみの立場は非常に危うくなる。素直に見せる方がきみのためだ。」


 アルフレッドの説得に、ヒックヒックと泣きながら首を振るミモリ。

 とても大切なものを守ろうとしているのが伝わる。


「ミモリ、この中を見せて。」


 私はミモリの手に自分の手を重ねた。


「あなたにとって大切なモノなら、これほど苦しんでいるのに、こんなに暗くて寒くて硬い所に居てはいけないわ。」


 ね、と声をかけるとミモリはボロボロと涙をこぼし、そして、私をしばらく見つめるとゆっくり頷いた。


「陛下はこちらに。」


 マイルズが私を、布の中の何かから遠ざける。

 そして安全を確保したことを確認したアルフレッドは、一気に布を剥ぐ。

 そして布の下から現れた人物を見て、驚きの声をあげた。


「ディアナ様!?」


 そこには亜麻色の長い髪の若い女性が、苦しそうに横たわっていた。

 なぜ苦しそうなのかはひと目でわかる。

 お腹が大きい。妊婦さんだ。

 足元に水溜まりができている。

 破水しているんだ。


「ディアナ様だって!?アルデルーナに居たはずでは!?」


 アルフレッドの言葉に、マイルズも驚きを隠せなかった。


「そんなこと、今はどうでもいい!リザ!」


「はい、こちらに。」


 壁を壊した時の音は、何か起こったと気づくには十分だったようだ。

 リザだけじゃなく、外を見張っていたアルフレッドの部下たちも扉の前に集まりはじめていた。


「赤ちゃんが生まれる!必要なものを用意して!あとだれかお医者さんを呼んで!今すぐ!」


「はい!」


 一気に時が動き出す。


 バタバタとみんながみんな、それぞれの仕事をしに走り出した。

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