砂漠の戦車戦
葛城マサカズ
1990年(平正2年)アラビア半島の砂漠地帯
アラビア半島の砂漠地帯
暑く照りつける太陽に、吹き荒れる砂嵐
緑や水は遠く、人が住むには厳しい環境だ。
そんな場所で人は争う。
時に一九九〇年(平正二年)、大日本帝国とイラクは戦争状態にあった。
「暑いな・・・」
井口大輔陸軍少尉は四五式戦車の砲塔に上半身を出して待っていた。
それが来るまで井口をはじめ戦車の乗員は戦車で待機をしている。
井口は戦車小隊の指揮官または乗車する戦車の車長として周囲警戒をする必要から上半身を外に出している。
砲手や装填手に操縦手は車内に居るが、冷房により井口のように照りつける暑さに晒されずに居る。
この冷房は四五式戦車に電子機器が装備されたからだ。
そもそもは人を冷やすのではなく、機器の為だ。
戦車は乗る人への優しさは二の次である事に変わりない。
「来たな。時間通りだ」
井口の真上を四機の航空機が通過していく。
日本空軍の三八式襲撃機「旋竜」だ。
機首に30ミリ機関砲1門を備え、主翼に爆弾や噴進弾を装備する対地攻撃機だ。
その「旋竜」の飛来が井口が待っていたものだ。
「空軍による支援攻撃の後に前進、七十六高地を歩兵や工兵と共に制圧する」
井口の上官である中隊長の内田大尉はそう集めた小隊長達に指示を下していた。
「津山一〇より各車、前進せよ」
内田からの前進命令が無線で飛んできた。
「津山二〇より各車、前進よーい前へ」
井口はすぐに率いる小隊を前進させる。
五十トンの車体が唸る千五百馬力のディーゼルエンジンによって動き出す。
戦車と共に歩兵や工兵を乗せた三十式装軌装甲兵車が続く。
(これから本当の戦争だ)
井口は走る戦車に揺られながら緊張を高める。
彼にとって初の実戦だった。
というよりも、実戦経験者はこの中隊では内田ぐらいだ。
満州の国境地帯で起きた紛争での経験だと言う。
望んで陸軍軍人の戦車乗りになったとはいえ、死と隣り合わせと言う恐れの感情が大きくなる。
「隊長、空軍の奴らちゃんと仕事してますかね?」
小隊の先任下士官である永山軍曹が小隊の無線で井口へ呼びかける。
「してるだろうさ」
井口は素っ気なく答える。
「連中も初めてな筈です。爆弾よりも先に大便を落としているやも」
永山は下品な話をする。
こうやって緊張をほぐそうとしているのだろう。
「空軍の臭い落とし物でイラク兵が逃げてしまうな」
井口は永山のノリに合わせる。
これは小隊全員が聞こえる無線での会話だ。これで小隊の皆の緊張も少しはほぐれるかもしれない。
「本当に逃げているとはな・・・」
いざイラク軍の陣地に迫るが一発の発砲も無く制圧できた。
イラク軍陣地には誰も居なかった。正確には病人や怪我人のイラク兵は動けず日本兵を見るや降伏した。
空軍の襲撃機は陣地に置かれた火砲を破壊していた。
「この先もこうだと楽なんだがね」
同じ中隊の小隊長の一人である安藤中尉が煙草を吹かしながら言う。
確かに楽だ。やる気の無い敵ですぐに逃げるか降参してくれれば危険は無い。これほど楽な事はないだろう。
「我が中隊は捜索中隊と共に前進する」
七十六高地を取ったからと行って終わりではない。
井口や内田・安藤らの中隊は斥候をしている捜索中隊と合流し、少しでも前へ奥へと進むのだ。
「今度は追いかけっこですね」
永山が新たな作戦行動を聞くやおどける。
「だが逃げる敵兵は無視だ」
内田からの命令で「前進を優先、逃げる敵兵は無視せよ」とあった。
「とにかく前進って事ですね」
「そうだ」
二人だけの会話の時であるせいか、井口は永山のノリに乗る事は無かった。
中隊は燃料補給だけをして出発した。
陽が傾き、日没になろうかと言う時だった。
「こちら出雲、敵と交戦中!」
無線に捜索中隊からの急報が入る。
「敵は戦車と装甲車からなる一個大隊と思われる、後退する!」
切羽詰まった通信であるが、敵情をはっきり伝えてきた。
「津山一〇より各車、敵戦車との戦闘を準備せよ」
内田はすぐに戦闘準備を命じる。遭遇戦になると判断した。
「あれは」
ほどなく井口は遠くに瞬く光を見た。
陽が没した直後の薄暗い中で光の明滅が幾つも現れた。
何かと瞬時に分からなかったが、「二時方向で発砲!」と永山が報告した事で光の正体を知った。
「出雲より津山一〇、何処に居る!?」
捜索中隊が尋ねてきた。かなり焦りを感じる声だ。
内田は座標で答えた。
平正の時代になると大日本帝国は衛星によって位置情報を知る技術を確立していた。
欧米ではGPSと呼ばれるものだ。
電子機器が載せられるようになった日本軍車輛には「衛星位置情報盤」と呼ばれる端末がある。これで砂漠の中でも位置情報を知る事ができた。
「出雲、もうすぐだ頑張れ!」
内田は衛星からの位置情報で知った捜索中隊の現在位置から呼びかける。
だが、返事は無かった。
「十二時方向で爆発、炎上中」
夜になり、爆発と炎がよく映えて見える。
代わりに中隊の誰かが視認した捜索中隊が爆発四散した様子が報告された。
「津山一〇より全車、このまま前進し敵戦車部隊を攻撃する」
内田は命じた。
(敵討ちか?)
井口は捜索中隊の敵を討ちに行くのだと思えた。
だが、不思議と戦いへ向けての気持ちが高揚する。同胞を討たれた憤りもあるが、戦う目的がはっきり見えるからだろう。
「各車、暗視装置を確認せよ」
井口は小隊に命じた。夜となった今では暗視装置がモノを言う。
すぐに各車から「異常なし」と返って来た。
「いつでも撃てるようにせよ」
内田は中隊に命じる。
出会い頭の遭遇戦になる。先制できるかが勝敗を分ける。
(すぐに撃てを命じる。すぐに撃てと)
井口も先制をすべく、敵を見れば即座に「撃て」と言うのだと構える。
「十二時方向、敵戦車!」
一度に中隊の誰もが見つけた。
「敵戦車、接近中!」
イラク軍の戦車部隊は進路を変えずに真っ直ぐに迫る。
「津山一〇より中隊停止」
十四両の四五式戦車がガチャンと音を鳴らしながら止まる。
「目標敵戦車、狙え!」
停車して揺れない状態で狙いを定める。
「撃て!」
少し間を開け、内田は命じた。
中隊の戦車は一斉に一二〇ミリ砲を放つ。
その砲弾は三両の敵戦車を撃破する。砲弾の中には砲塔の装甲で弾かれる。
「パンターでは無いな。まさかルーヴェか?」
撃破されたイラク軍戦車が松明となり、イラク軍戦車の形を浮かび上がらせる。
第二次世界大戦でドイツ軍の特殊部隊と反イギリス闘争をしたイラクは大戦後に親独国家として独立した。
イラクの軍事力はドイツが育て、その装備品はどれもがドイツ製だ。
戦車に関しては戦後第二世代戦車まで作られたパンターⅢに加えて、ドイツが現在も主力としているルーヴェもイラクに配備されている。
「ルーヴェって事は親衛隊なのか・・・」
井口は以前聞かされたイラク軍についての情報を思い出した。
最新型と言えるルーヴェはイラク軍の大統領親衛隊が装備していると。
イラクの親衛隊はドイツの親衛隊と同じく体制を守る政権の私兵だが、ドイツと違うのは国軍が反乱を起こした時にも備えている点だろう。
だから新しい装備品は親衛隊へ優先的に配備される。
「イラクのルーヴェも暗視装置など電子装備があると考えられる」
ドイツはイラクにも大量にではないが、暗視装置など軍用電子機器を提供している。日本軍の情報部は戦車に装備する機器も提供している事を掴んでいた。
その脅威が目の前にある。
(楽に勝てないな。これは)
井口は危機感を高める。
「中隊前進、押し出せ」
内田は正面から再度挑む。
すると今度はイラク軍の方が発砲する。
日本軍側も二両が撃破される。
「津山一〇が撃破された。これより津山十五が指揮を執る」
その二両に内田が含まれていた。
中隊で次席となる安藤中尉が中隊の指揮を代行する。
(やられた。中隊長が)
同じ部隊の上官が討たれた。衝撃があるが、実感が無い。
「津山十五、中隊停止!」
いきなり安藤は停止を命じた。停止した瞬間を捉えたように「撃て」と命じる。
イラク軍戦車四両が撃破される。
「中隊、後退せよ、後退せよ。砲兵の支援が受けられる所まで下がれ!」
安藤は後退を命じた。
井口は内田中隊長の戦死から中隊を下がらせているのかと思えた。
それを肯定するように安藤は中隊を時折止めては射撃し、後退を再開する。
イラク軍は逃がさないとばかりに追い続ける。
下がりながら三両が新たに撃破された。
(もう半数近くがやられた)
合わせて五両がやられた中隊、井口も一両を失った。
(このまま玉砕なら前へ突っ込んで死にたい)
後退を続けながら玉砕をするのでは?と井口は不安になる。
後ろ向きに戦うよりも、敵へ向けて突っ込んで散りたい。井口は軍人らしさを求めてそう思い始めていた。
「二時方向に敵戦車!」
永山が報告する。
敵は大隊、部隊を分割して回り込んで来た。
「ここまでか・・・」
思わず井口はそう口にした。
「隊長、まだやれます。やれますよ」
すかさず永山が無線で諭すように言う。ここで指揮官の弱気が漏れるのは最悪だ。
兵の士気が一気に萎えてしまう。
だから永山はあえて口を出したのだ。
「そうだ、まだやれる」
井口は永山の意図を察してそう答えた。
そんな時だった。正面のイラク軍戦車隊に砲弾が降り注いだ。砲兵の支援射撃だ。
包まれる爆炎に正面のイラク軍戦車隊は動きが止まる。
(これは好機か?)
井口はそう思った。
正面は砲兵の支援射撃で敵を抑え込んでいる。
今の問題は二時方向から三時方向へ移り、回り込む敵だ。
この敵だけでも中隊の残存の多くを撃破できる脅威だ。
何もしなければ側面を突かれ、崩されてしまう。意見具申をする時間が惜しい。
「こちら津山二〇!三時方向の敵へ向かう!」
井口は独断専行をする。三両で迫る敵戦車隊へ突撃する。
「・・・津山十五から津山二〇、頼むぞ」
安藤は井口の独断を許す。側面脅威に手詰まりになりかけていたからだ。
「小隊増速!敵部隊側面に回る」
井口は三両の四五式を砂を散らせながら走らせる。
「停止、砲塔回せ!九時!」
井口の小隊は左の真横に砲塔を回す。
ルーヴェの側面を撃つ為だ。
「小隊撃て!」
井口の小隊は目論み通りに自軍の側面を突こうとする敵戦車隊の側面を逆に打った。
「よし、いいぞ。小隊前へ!」
三両のルーヴェを撃破し、井口は小隊をまた走らせる。
肉眼で僅かな光量で見える戦場を暗視装置で確かめながら進む。
「場所を変えて撃つ、このまま敵を混乱させるぞ」
永山は井口の指揮ぶりに微笑む。これでようやく指揮官らしくなったと。
砂漠の戦車戦 葛城マサカズ @tmkm
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