指先が、震えた。

 明くる日の昼休み。生徒たちでざわめく校内の廊下。オレはドアガラスの向こうから、そっとソラの背中を見つめていた。背中を丸めて座るソラは、真っ黒なスマホの画面をじっと見つめるばかり。誰の目から見ても、心ここにあらずといった様子。

 昨日のコトハが言ってた、意気揚々としたソラを想像する。オレの手紙を喜んでいるらしい、その姿。今じゃあ、完全に萎れてしまっている。ぜんぶ、昨日のオレのせいだ。


 ふと、こんな風に考える時がある。オレたちは素直にやりとりができないって。いや、不器用さを隠したいやつが多いのかも、と。特別な相手だからこそ、退屈な思いをさせたり、つまらないやつだと思われたくない。だから、言葉を多く使ってしまう。そうして、遠回りしてしまうんだ。近道するのって、勇気がいるから。

 大きく息を吸って、吐いて、決心した。オレは大崎青空と友達にはならない。

 決心してからの行動は早かった。すぐにメッセージを送る。


 ──ソラ。昨日はごめん。あれは言い過ぎた。

 ――それと、金なんていらない。


 ドアガラスの向こうに目をやる。目を皿にしてスマホに食いつくソラ。どこかショックを隠せない様子で、肩が大きく上下している。


 ──いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。

 ──それって、どういう意味ですか?


 オレはもう、返信する文なんて考えちゃいなかった。ひたすら指先を動かす。


 ──ソラへ。

  君が誰に向けて手紙を書いてほしいのか、正直なことはわからない。これまで、その相手のことばかり考えていた。

  それに縛られていたせいか、オレ自身がどうやってラブレターを書けばいいか、ぜんぜんわからなかった。

  そこで気付いたよ。オレも手紙を書くことは苦手だって。

  それがオレの反省点。手紙を書くのって、難しいんだな。

  あとさ、いま思えば、君のことをよく知らないんだ。

  だからさ、お金なんていらないからさ。


 最後の一文。指先が、少し震えた。


 ──君が俺に向けてラブレターを書いてみてよ。


 送信ボタンをタップ。それだけのことなのに、一年分くらいの勇気を使った気がした。

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あなたの恋文、代筆します 兎ワンコ @usag_oneko

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