櫻川さんは、サクラがお嫌い? 4

 

 

 建物を一棟丸々吹き飛ばしたと言っても、疎んじられていた故に敷地の端のほうにある小屋の如き些末なものだったがな、と自嘲してらっしゃいましたけれども。


 いくら邪険にしていたからって、自分の子供一人に専用の家を与えちゃってる時点でどんだけ土地とお金持ってんだって話ですよ、庶民感覚だとね。


 んで、彼女の手元にあった物品を入れ墨のように張り付いてカモフラージュするブレスレット型の空間収納アイテムに詰められるだけ詰め込んで (建物内の装飾含め、形だけの従者メイドが控室に隠していた横領品に至るまで空っぽにしてやったらしい) 出奔、国境を不法入国でこそっと突破したら、足がつかないように影の旅商人と呼ばれる人物経由で即現金化。


 こういう時の為に前々から根回ししてたんだって。その色々をどうやったんだかは怖くて聞けませんな。だって身内に協力者が居ない状況で秘密裏に事を運ぼうとするなら、裏社会の人達絡みでやんないと無理そうなんだもの (多分)。


 後は審査の緩い田舎の冒険者ギルドを狙って冒険者証を作り、サッサーラ・エモラではなく鬼族のサッサとして登録。信用第一な商業ギルドを除けば大抵のギルドは嘘さえついていなければ不正にはならないらしいから、貴族が半分趣味で冒険者をやるような場合には家名を書かないで愛称で登録するなんて事はよくある手口だとか。そんなんでいいのか異世界よ。


 小柄とは言えそこは鬼族、身体能力のみでもそれなりの戦闘力があるので、適当に依頼をこなしながらいくつかの国を経由し、私が地球から召喚とばされてきた国のにあるここ、ムッサンチ海洋国でついに私達は出逢ってしまった訳で。



 例によってまぁ、他人任せな上に自分勝手な理由で私は異世界に喚ばれて、整理整頓っていう未知ではあってもその辺のメイドさんが持ってそうな名前の固有スキルしか見えなかったもんだから、使えない判定された挙げ句に着ていた服からバッグの中身まで身ぐるみ剥がされて、裏口からポイですよ。


 今思うと異世界産の物はなんでも高額商品レア・アイテムだから、少しでも経費を取り戻したかったんだろうね。


 流石に庶民服セットとショボい手切れ金の餞別はあったにせよ、そんなもんじゃ碌な足しにもなりゃしない。でもこんな信用ならない国には留まる気も起きないし、とりあえず周辺国の状況を確認したらそそくさと乗合で王都を離れましたよ、ええ。


 この世界には盗賊も出れば魔物も湧いてるし、ただのお馬さんでは弱いってもんで、遠出する用途ではもっぱら飼い慣らした亜竜種を使っている。見た目は人が乗れるサイズのプチ恐竜って感じ。すべすべお肌とくりっとしたお目々が可愛いの。


 とはいえその子達も魔物ではあるから、万が一暴走しないように隷属紋を施してあるのが普通。人の住んでいる範囲内エリアにまで入ってくるんだしそりゃそうかと思って、その刻まれた紋様を街道に整備された中継地点での途中休憩の際に見させてもらったら……。


 カメラでアプリなんかのコードを認識したみたいに、術式の種類と名前や使用目的の説明、そして動作の詳細がズラッと目の前へ浮かび上がってさあ大変。


 突然おもちゃ箱をひっくり返されて私の視界を埋め尽くしているような感覚に襲われたら、そりゃ驚くっての。あの時は、変な顔で固まってる私を竜使いのおじさんが不思議そうに見てたなぁ。


 後から分かるんだけど、私は集中して物を見るとその詳細を認識して理解し、その情報を取り込む事ができるらしい。それだけならば鑑定と大して変わらないけれど、私の場合は内容を把握して自分のものにし、更には改変までもが可能なんである。


 じゃあ他人の魔法とか技とかがいくらでも盗み放題使い放題じゃないかと思うでしょう? 残念ながら、私自身は私の能力以外の魔法が本来は使えないんだよね。


 あくまでも認識して情報を取り込むだけで、直接外へ出せる訳じゃない。解読と収集、そして知識としての理解が基本線。


 そういう視点でこの世界を見てみれば、まぁうんざりするくらいの情報の坩堝だこと。


 その辺の草花の名前や効能のみならず、健康状態も手に取るよう。腐っているのかや毒なのかも分かるから、少なくとも食中毒にはならないね。


 誰かが魔法を使っていれば見ただけでマスター。繰り出される華麗な剣技や冴え渡る格闘術も見るだけで師範代クラスに。あくまで知識上なだけで、いざ技術や体術を使おうとしても私の身体能力如きじゃ再現なんて不可能なんだけれど。


 困るのは本を素直に読めない事。ある程度の距離でじっと見つめてさえいれば、例え買わなくてもスラスラとその内容が全て頭に入って来てしまう。


 もちろん術式の描かれた魔法陣や魔力を込めれば単純な魔法が使える使い捨ての巻物も、はたまた魔道具と呼ばれる高価な便利アイテムも、見回すだけで術式から機構から動作の内容までをも全把握し、習得済みに。魔術士や職人さん達からすれば、試行錯誤の結晶を見ただけでコピーされたんじゃあ商売上がったりだよね。


 嬉しかったのは、乗合竜車の亜竜種を始めとした友好的な魔物や動物達とコミュニケーションが取れる事。


 移動中の休憩時間にちょこちょこ触れ合っていたら、声が聴こえるようになってたんだよね。鳴き声もそうだけど、心の声も。


 最初に出会った走竜の子がこれまた健気で可愛かったりして、いざ街に着いて別れなきゃならなかった時は悲しかった……。当時は金銭的な余裕も無いし、その場で買い取る事も叶わず。


 いつかまた会おうねって約束して、離れ離れになって――


「んまい! コレんまいよ、サークラ!」

 

 

 

 

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櫻川さんは、サクラがお嫌い。 新佐名ハローズ @Niisana_Hellos

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