やって来た悪寒


「これじゃあただの雑草ね」

 ワイバーンを倒したその先に、リジェネ草は至るところに生えていた。その生え方は茂みに隠れてるとかではなく、茂みそのものとしか言いようがない様子である。

 私は絵に起こしてもらったリジェネ草を見る。やはり、ピッタリ特徴と一致していた。

「さっそく回収しましょう」

 私はポケットにリジェネ草をねじ込んでいく。根っこまで抜くと土がつくので、ブチブチと途中で引き千切っていった。

「これだけあれば、大丈夫」

 詰めれるだけ詰め込むと、私はポケットをパンパンと叩く。弾力のあるポケットの膨らみが、十分な量であると証明していた。

「さて、早く帰りましょ」

 草取りに満足した私は、さっきまで来た道を取って返す。これだけあればクエスト失敗はまずあり得ない。馬車まで戻れれば、私も晴れて冒険者だ。

 なのにさっきから心臓がうるさくて仕方ない。まるで警告するように、強い鼓動を刻み続けていた。

 来た道をいくら戻っても、鼓動は収まることを知らない。むしろその強さを増していくばかりだ。


 苦しい


 あまりに早い鼓動が私の息を荒らげる。早く、なんでもいいからその正体を現してほしい。

 そう思いながら開けた場所まで戻ってくると


「お、来たか」


 ワイバーンの上に女が座っていた。

 いや違う、ワイバーンを

「あなた、誰?」

 私は刀に手を置きながら尋ねる。パッと見ただけでも、普通じゃないことは明らかだ。

「あーちょっと待て」

 女はそう言うや否や、持っていた骨付き生肉を口の中に放り込んだ。そしてバキバキという咀嚼音と共に、骨ともども飲み込んでしまう。

 私はその間に女の特徴を観察していた。

 まず目につくのは、やたら露出の高い服装をしているということ。丸見えの褐色の肌が、銀髪の髪とのコントラストになっている。

 さらに耳が長く、鋭く伸びていた。この特徴は知識として知ってる。エルフと呼ばれる種族の特徴だ。

 どうやらこの世界のエルフは、生肉を骨ごといくみたいね。

「さて、まずは自己紹介。アタシの名はガウェイン。魔王軍の幹部さ」

「ガウェイン?」

 聞いたことがある。確か円卓の騎士にそんな名前が……

 いやそれよりも、彼女は魔王軍の幹部と言っていた。魔王がいるのは知ってたけど、どうやら幹部もいるみたいね。


 間違いない。嫌な予感の正体はコイツね。


 私は確信する。さっきまであった嫌な予感が完全に消滅していた。

 その代わりに、死の予感が私の全身を包んでいる。

「アンタが魔王の言ってた……あまり強そうには見えないね」

「なんの用?」

「そうだな、強いて言うなら……」

 ガウェインは腰から大剣を抜く。私はそれを見て、すぐに刀を抜いた。


「力試しだ!」


 ガウェインは姿を消す。けど私には分かる。

「っ!」

 刀と大剣が火花を散らす。

 今のは移動。目視すら難しいほどの速さで迫ってきたのだ。

「へぇ、勘はいいみたいだ……ね!」

 ガウェインは称賛すると同時に、大剣をモノともせずに振り回してきた。私はその攻撃に刀を合わせる。


 追いつけない!


 だが対処できるはずの速さに、強さに対応しきれない。半端な姿勢で受けた攻撃が私の態勢を崩していく。


 なら!


 私は攻撃を諦めて回避に専念する。この速度なら、今の状態でも対応でき──

「逃がさねぇよ!」

 ガウェインは大剣の速度をさらに上げる。何百キロもありそうな大剣が、速さで台風みたいになっていた。


 ダメ、避けきれない!


 私も頑張ってみたけど、大剣は逃がしてくれなかった。肩から腹部を容赦なく斬られる。

「くらって!」

 けど私も負けない。斬られたその瞬間に、顔面に一太刀を──


 そんな……⁉


 私の一太刀はガウェインの顔で受け止められていた。あまりの硬さに刀を振り切ることもできない。

「そんなもんかよ!」

 同時に顔面を拳で殴られる。その拳が振り抜かれるのと同時に、身体を後方に吹き飛ばされていた。


 起き上がらないと……


 私はなんとか立ち上ろうともがく。


 ダメ、起き上がれない……


 しかし今の拳はあまりに強烈だった。身体をまともに動かせない。

「なんだよ、もう終わりか?」

 そういったガウェインは大剣の担ぎ上げる。私はその様子を、首をなんとか上げて見ていた。

「てんで話にならないね。魔王の言ってたことは本当なのか」

「……本調子なら、あなたにだって負けない」

 ガウェインの言葉に私は反論する。

「本調子? 体調でも悪いのか?」

「……分からない。けど身体が思うように動かないの」

「……どれ」

 ガウェインは私の身体をジッと見てくる。

「あーなるほどな、まだまだレベルが足りないのか」

「レベル?」

「なんだ知らないのかよ。いいか? 自分の力を百パーセント発揮したかったら、まずはレベル100にしないといけねんだ。けどアタシの見立てでは、お前のレベルはまだ18ってところだ」

 レベル18。まさに駆け出しって感じの数字だ。

「人間も魔族も、レベル100になるまでが駆け出しで、それ以降いくつ強くなるかがそいつの素質だ。私が戦った連中は150ぐらいが多かったな。稀に200以上もいたが……それでも、とてもアタシたちには敵わない」

「なら……あなたのレベルはいくつなの?」

「アタシか? 398だ」

「398……!」

 あまりのレベル違いに私は驚く。

「ついでに言っておくと、魔王のレベルは1082だ」

「せ……!」

 言葉が最後まで出ない。数字が大きすぎる。

「さてと、死んだらそれまでと言われてるんでね。遠慮なく──」

 ガウェインは大剣を頭上に掲げる。すると大剣は熱を帯びて赤くなり、溶岩を刀身から滴らせ始めた。


「殺すよ!」


 そしてドスの効いた言葉と共に、剣から溶岩が噴出させる。


 まずい!


 私は力を振り絞ってその場から離れる。あんなの喰らったら一溜りもない。

 けど溶岩の拡散する速度は、私の移動速度を遥かに上回っていた。

「うっ!」

 溶岩の一つが身体に被弾する。強い痛みが背中を襲ってきた。

 私は態勢を崩して地面へと倒れる。

「私の土魔法はどうだ? この熱さ、まさに本物の溶岩だろ?」

「魔……法?」

「お前、それも知らないのか? 本当にこの世界の人間かよ?」

 ガウェインは呆れたように尋ねてくる。

「……」

 それに私は答えない。なんとなく、言うのが憚られたからだ。

「ちっ、なんとか言えよ!」

 苛立ったガウェインが溶岩をモロにぶつけてくる。動けない私はただ喰らうしかない。

「おら! 肯定でも否定でも、さっさと喋りな!」

 ガウェインは改めて答えるように強要してくる。けど残念なことに、熱さでさっきより話せなくなっていた。

 アイリスにもらった服がなければ、骨すら残ってなかったかもしれない。

「……ったく。まあ、殺せばいいだけなんだがよ」

 私の耳に、ガウェインの溜息と剣を突き刺す音が聞こえる。


 逃げないと──


 私は身体を動かそうと試みる。けど、もうピクリとも動かせなくなっていた。


 コレはダメそうね。


 私は目を閉じて自らの死を受け入れる。異世界での人生もこれで終わり。楽しみを見つけられたところなのに残念ね。


 さようなら、アイリス──


 私は脳裏に浮かんだ母親に、別れの言葉を告げた。





 いつになったら痛みはくるの? それとも、もう死んだの?

 死ぬはずの一撃がいつまで経っても訪れない。

 焦れったくなった私はゆっくりと目を開いた。


 矢?


 すると目の前に、一本の矢が刺さっていた。さらにそこから蒼い膜のようなモノが広がっている。


 何が起こったの?


 私は状況についていけない。視界も矢しか見えない。

「動くな」

 男の声が何処から聞こえる。一体どこ──うぇ

 いきなり私の身体が大きく引っ張られる。服の袖が首に引っ掛かって苦しい。

 けど、そのおかげで視界が回復した。

 視線の先に一人の男が見える。その男はこっちに弓を構えていた。

「動くなガウェイン、動けば打つ」

「ちっ、追ってきてたか」

 ガウェインの舌打ちが背後から聞こえる。もしかして、いま私は彼女に引っ張られてる?


 そして、あの男性は誰?


「あなた、誰?」

 私は疑問の一つが声になって溢れる。

 声の主は真っ黒な髪を逆立て、瞳に蒼炎を灯していた。

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【不定期連載】望まぬ少女の異世界転移 安達尤美 @snown0ki4

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