嫌な予感


「到着です」

「ここがスタート地点……」

 運転手の言葉に従って馬車を降りる。

 目の前には平原が続いていた。そして、その先に高々と山脈がそびえ立っている。

「それではリジェネ草の回収をお願いします。私はここで待っていますので、取り終わったらこちらまで降りてきて下さい」

「分かった」

「では、ご武運を」

「ありがとう」

 私は運転手にお礼を言うと平原を進んでいく。

 しばらく歩くと、ちらほらと野生モンスターが姿を現した。こちらの様子を伺っているのが分かる。


 !


 その中の一匹、近くにいたアライグマが両手を上げて威嚇してきた。よく知る大きさならかわいいけど、パンダぐらい大きいと流石に迫力がある。

 私も刀を抜いて戦闘態勢に入る。双方、威嚇状態。

 アライグマが二足歩行でのそりのそりと近づいてくる。そのままその腕で攻撃するつもりね。

「があっ!」


 やっぱり。


 私はギリギリまで引き付けるとさっと横に回避する。

「もらった」

 そして、がら空きの腹を斬り払った。

 アライグマは血を盛大に吹き出しよろめく。よし、効いてる。


 このまま決めましょう。


 アライグマは目をギラつかせてこちらに振り返る。


 けど、そこにはいないわ。


「ぎゃあわ!」

 アライグマの頭上に跳んだ私は、その頭蓋に勢いよく刀を振り下ろした。落下の勢いが乗った一撃は、巨グマを地面へと押し沈める。

 地面に顔をうずめたアライグマは、そのままピクリとも動かなくなった。

「これが才能があるってことなのかしら」

 私は刀を仕舞いながらそんなことを考える。

 初めてのはずなのに、刀を振るう感覚を私は知っていた。まるで何千回も振ってきたような、そんな覚えが確かにあたったのだ。

 もしかして記憶を失う前の私は、相当に剣技を磨いていたのだろうか?

 しかし、どちらにしても

「これならクリアできそうね」

 クエストクリアに大きく近づいたのは言うまでもない。

 それ以降も、近づいてきたレッサーパンダやハリネズミを倒していく。いずれも身体が勝手に動き、苦もなく倒すことができていた。

 ただ戦っているうちに、身体の動きに違和感を覚えることがあった。ズレてるというか……動きがワンテンポ遅れるようなそんな感じ。

「さっさとリジェネ草を集めてしまいましょう」

 この状況のまま、のんびりしてるのはよくない気がする。

 私はそう考えると、少し平原を進むペースを早めた。





「ここが山の麓みたいね」

 ひとしきり平原を進んでいくと、目の前に木々が広がっていった。どうやらここから登っていくみたいね。


 嫌な予感がする……


 山に入ろうとした途端に、形容し難い不穏な空気を感じ取った。先に進んでしまったら、もう戻れないのではないかというような、そんな不安。

 こういう時、アイリス的には進まないほうがいいのよね。

 でも


「行かないわけにはいかない」


 私はゆっくりと山へと入っていく。これは試験なのだ。嫌な予感がしたからやめますは通用しない。


 しばらく獣道を歩いていく。


 森は日が僅かしか入らず薄暗かった。もう少し明るければ木漏れ日と言えそうなだけに実にもったいない。ますます不気味さを演出する効果しかなし得てなかった。


「これは?」


 そんなことを考えていると、開けた場所にたどり着いていた。

 だがそれはどうでもよかった。というより、のせいで開けたとはとても言うことができなかった。


 なにせそこには、待っていたかのようにモンスターが佇んでいたのだから。

「ワイバーン?」

 私はモンスターの特徴を分析しながら刀を抜く。モンスターは鱗のついた黒い体躯に伸び切らない尻尾、そして前腕に翼ともエラとも言えないモノが生えていた。

 飛竜と魚竜、どちらにも成長しそうな雰囲気を感じる。さしづめその幼体といったところか。


 もしかしてこれも試験? でもこれは──


 私はその可能性を考えて首を横に振った。

 こんな大きいモンスターを、一人一人に用意できるとはとても思えない。

 だとしたらコレが嫌な予感の正体? 

「しゃあぁぁぁ!」

 私の抜刀を敵意と判断したのか、甲高い咆哮を上げる。

「ゔあぁ!」

 そして、いきなり火球を飛ばしてきた。

 私はすぐさま斜め前に回避する。間一髪で火球に当たらずに済んだ。


 やっぱり……ワンテンポ遅れる。


 今の回避をして改めて動きにくさを実感した。もっと速く動けたような気がする。

 けど別に倒せないわけではない。火球を吐いたモンスターは、吐いた口が熱いのか隙だらけだ。

 私は地面を蹴って距離を詰める。モンスターの懐まで潜り込むと、胸元から身体を縦に斬った。

「がぁぁぁ!」

「っ!」

 私はモンスターの振った首に当たる。防御が僅かに間に合わなかった。

 吹っ飛ばされて地面に倒れる。鎧は頑丈だけど、痛みを完全には防げなかった。


 一筋縄ではいかないみたいね。


 私は立ち上がりながら考える。アレには生半可な攻撃では反撃されてしまう。


 なら、一気に畳みかけましょう。


 私はそう決めると刀を斜めに構えて態勢を作る。

 そして、四方八方からモンスターの全身を斬りつけていった。


 一撃だけだと反撃されるなら、数を叩き込めばいい。


 モンスターの反撃が間に合わないように、私は移動しながら攻撃を刻んでいく。

「しゃあぁぁ!」

 斬れる竜巻きになった私に、ワイバーンは悲鳴を上げることしかできない。私は3つ、7つ、16と傷跡を増やしていく。


「トドメ」


 私はワイバーンの懐に潜り込むと、締めとして胴体から顔を背面飛びて斬りつけた。

「ぎぁあぁ! あっ……」

 真っ二つとまではいかずとも、深手を負ったワイバーンは力なく地面へと倒れる。

 しばらく様子を伺うが、動く様子も見られない。

「ふう……」

 私は刀についた血を払うと、鞘へと刀をしまう。

 これで、このモンスターは完全に討伐できたはずだ。

 なのに


「まだ嫌な予感がする……」


 ワイバーンを倒してなお、妙な胸騒ぎが残っていた。


 ここから先に、まだ何かあるの?


 まだワイバーンを倒しただけで、依頼されたリジェネ草を回収できたわけじゃない。

 もう少し山奥へと入っていく必要がある。


「いずれにしても、行かないと」


 クエストである以上、入らなくてはクリアすることはできない。

 私は『なんとなく』に逆らいながら、さらに森の奥へと入っていく。

 だが一歩進むごとに、嫌な予感は募っていった。

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