ビーフシチューの味
「どう、おいしい?」
少し焦げたクリームシチューを啜ったところで、アイリスが尋ねてくる。
「……おいしい」
私はそれに正直な感想を述べた。もちろん、アイリスのシチューは話してたせいで底が焦げ付き、その匂いと味が含まれている。
けど、それが気にならないほど抜群に美味しかった。ここまで美味しいクリームシチューを食べたのは初めてかもしれない。
「そう、よかった」
アイリスは嬉しそうに微笑む。私は照れくささを隠すため、再びクリームシチューに口をつけた。
「あんたがいいなら、毎日食べさせてあげるわよ」
アイリスはニヤニヤと笑いながら言う。これは割と本気で言ってるわね。
「……考えとく」
それに対して、私はシチューを啜って答えを保留する。
でも、それも悪くないなと思った。
「それでは、刀の査定結果をお伝えします」
次の日ギルドに行くと、刀鍛冶のミナキが言った。周りにいる人たちも査定結果が気になるのか、固唾を呑んでそれを見守っている。
「潜在能力も含めて精査したところ、とても素晴らしい素性を感じることができました。あなたが成長していけば、素晴らしい業物となることでしょう。世界に極わずかしか存在しない、極上業物も夢ではありません」
ミナキはよく分からないことを言う。武器が成長する?
「素晴らしい! 極上業物は聖剣や妖刀に類するモノ! 滅多に見ることはできないのです!」
「やるじゃない!」
アイリスは自分のことのように嬉しそうだ。
「そんなにすごいの?」
「もちろん! 武器には凡物、業物、上業物、極上業物の位階があってね。んで大半の人間が凡物で、一部の秀才が業物、さらに極わずかな天才が上業物で、その上の極上業物は勇者とか魔王の領域よ。アンタ、もしかして王家の血筋だったりする?」
「王家の血筋?」
「そう、基本的に極上業物は王家でのみ発現するとされてるわ。かつて魔王を倒した勇者の末裔で、その血と才を引き継いでるから」
「アイリスさん、随分とお詳しいのですね。極上業物が王家にしか発現しないなんて初めて聞きました」
「あれ? 常識じゃなかったっけ?」
「そうでしたっけ?」
アイリスと受付の女性が互いにはてなを浮かべていた。
「アイさん、刀の名前は何に致しますか?」
2人を横目にミナキが私に尋ねてくる。
「名前?」
「はい。デフォルトの名は既にありますが、新たに名を刻むことができます。いかがでしょう?」
「デフォルトでいい」
「分かりました。ではこの刀の名前をお教えします。この刀の名前は──」
みなきさんはそこで一呼吸置く。
「正宗・白瓦です」
そして、刀の名前を告げた。
この名前、何処かで……
私はその言葉に聞き覚えがあった。けどそれが何時、何処でなのか思い出せない。
「それでは、刀をお返しします」
ミナキは刀を私に差し出してきた。
「……刀の柄と鞘が変わってる?」
私は刀を見て気づく。最初は白い柄だったのに、今は仰々しい青と黄色の柄に変わっていた。
「はい。壊れかけていたので、仮のモノを付けさせて頂きました。もしご要望があれば、元のモノに似た品を用意しますよ」
「いや、いい」
私は構わず刀を受け取った。そしてそのまま腰へと差す。
「こら、ちゃんとお礼を言いなさい」
するとアイリスが私に指摘してくる。本当にママみたいなことを言うのね。
「……ありがとう」
けど私は大人しくそれに従った。アイリスの言ってることは全面的に正しいと思ったから。
「いえいえ。では、私は仕事がありますから」
ミナキはお礼に謙遜を示すと、受付の奥へと引っ込んでいった。
「ミナキさん。ありがとうございます。さて、それでは最後に試験用クエストを行います。それにクリアすれば、晴れてギルドに登録となります」
「試験用クエスト?」
「はい。高い素質のあるあなたには不要かもしれませんが、通常、適性の確認も兼ねて行っているのです。
任務は、山奥に生えている『リジェネ草』を取ってくること。リジェネ草は回復薬の原料となり、冒険者にはあってもあっても足りないモノとなっています。なのでそちらを10本取ってきてもらいたいのです」
「それだけ? 適性を見るにしては簡単すぎるわ」
「いえ、リジェネ草の生息地には野生モンスターが多数原生しています。それらを倒していただくのも仕事です」
「なるほど……」
簡単には採取できないということね。
「それでは初心者用の鎧をご用意いたします。更衣室までお越しください」
「鎧は要らないわ。もう持ってるから」
「なんと! お持ちでしたか! しかし記憶を無くしていたのでは?」
「昨日アイリスに貰ったの」
「ママでしょ?」
「アイリスに」
「ふふっ、分かりました。ではそちらにお着替え下さい」
受付の人は微笑ましそうに笑うと、私を更衣室へと案内した。
話は昨日に遡る。ご飯を食べて、お風呂に入った後のことだ。
「ねぇ、よかったらこれ着てみない?」
そう言ってアイリスが出してきたのは、純白の鎧と、白地に青刺繍のドレスで構成された服だった。
そういえば、武器だけでなく鎧も冒険者には必要になるわね。
「どうして?」
「あんたって金髪赤目じゃん? なんとなく似合う気がしたのよね」
「またなんとなく……」
「あっ、馬鹿にしてるでしょ! 言っとくけど、”なんとなく“っていうのはとても大切なのよ!」
「へえ〜」
「アンタ信じてないわね! いいから着てみなさいよ! 確実に似合ってるから!」
「アイリスはうるさい」
「何をー! ママに向かってなんたる口ぶり!」
アイリスが私の髪をくしゃくしゃにしてくる。ママを名乗る癖に、こういうところは妙に子どもっぽい。
「ふふっ」
「あっ、笑ったわね! けど今度は侮蔑も含んでるだろ!」
「安心して。着るから」
「そお?! って、侮蔑について否定しろー!」
なんてくだらないやり取りをした末に、私はアイリスに鎧の着方を教えてもらったのだった。
私が着替えを終えて受付に戻ってくると、周りのギャラリーがどよめき始める。
どうやら、アイリスの意見は正しかったみたいね。
周りの反応を見て私は察する。アイリスの言うこともあながち間違いじゃないかも。
私はアイリスの方を見る。アイリスは腕を組んでうんうんと頷いていた。自分の勘があったことにご満悦のようだ。
「素晴らしい! まるでユキ様のようです!」
私を見た受付の人は目を輝かせて言う。
「ユキ様?」
私はその言葉に妙な引っかかりを覚えた。
「はい! 先代魔王を倒した勇者パーティの一人! 現王家の始祖に当たる人物です!」
「……」
なんだろう。やっぱり聞いたことがある気がする。
けど何に? 名前? 勇者であること? 現王家の始祖であること?
「ユキ……か」
アイリスは懐かしそうな顔をしていた。何か知ってるのだろうか?
「アイリス?」
「ん? どうしたの?」
「もしかしてユキについて詳しい? 昨日も王家について言ってたし」
「いや? 全然そんなことないわよ。王家と面識もないし」
「だったらなんで知ってるの?」
「さぁね。でも、懐かしさを感じたのは確かだわ。それがなんでなのか分からないけど……こういうところは、私たちそっくりね」
「どういうこと?」
「アンタ記憶喪失でしょ? で、私もなんか忘れてることがあるっぽいし……これはもう、親子としか言いようがないのでは?」
「アイリスに聞いた私が馬鹿だった」
「なにをー!」
「お二人共、随分と仲がよろしいのですね」
私たちが話してるところに、受付の人が割って入ってくる。
「そう?」
「はい。まるで仲のいい姉妹みたい」
「そ、そう……」
アイリスは姉妹扱いにちょっとガックリしていた。でも、今の振る舞いはそう言われても不思議じゃないと思う。
「それではアイさん、準備もできたことですし馬車ヘ移動しましょう」
「馬車?」
「はい。普段のクエストは冒険者に徒歩で向かってもらいますが、試験用クエストは同じ場所にて行わるので、馬車を用意しているのです」
「なるほど」
「それでは案内します。付いてきてください」
そう言って受付の人は、ギルドの裏口を開けた。
「しっかりやんなさい!」
私が裏口に止まっていた馬車に乗ると、アイリスが声をかけてくる。
「分かってる」
「無事に合格したら、今度は焦げてないシチューを作ってあげるからね」
「ビーフシチューがいい」
私はアイリスに注文をつける。どうせならアイリスの別の料理が食べてみたい。
「分かったわよ。用意しとくから、必ず帰ってくるのよ」
「うん」
アイリスの言葉に私は反論しなかった。もしかしたら、私の心は既に決まってるのかもしれない。
「アイさん、準備はよろしいですか?」
「ええ」
「それでは試験用クエストを開始します!」
受付の人がそう宣言すると、馬車がゆっくりと動き出す。
私は、アイリスたちに見送られながら街を出発した。
これから最初のクエストが始まる。山にはモンスターがいる以上、それは命の危険が伴う行為だ。
アイリスのビーフシチュー、どんな味がするのかしら?
しかしその事実とは裏腹に、私はそっちの方が気になっていた。
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